2017年8月22日火曜日

忘れられた軍隊:トランスニストリア(沿ドニエストル)の自作APC



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

トランスニストリア, 正式には沿ドニエストル・モルドバ共和国(以下、沿ドニエストルと記載)は東ヨーロッパに存在する分離独立国家で、1990年に沿ドニエストル・ソビエト社会主義共和国として独立宣言をし、その後1992年にモルドバ(モルドバ共和国)から離脱して以来、影の存在となっている。
沿ドニエストルはウクライナとモルドバの間に位置しており、現在のところ、いずれも自身が未承認国家であるアブハジア共和国、南オセチア共和国、ナゴルノ・カラバフ共和国のみから承認されている。
それにもかかわらず、沿ドニエストルは、自らの陸・空軍、さらには独自の兵器産業さえ保有する事実上の国家として機能している。

この兵器産業が生産してきた非常に興味深い多くの装備が、過去20年以上にわたって、沿ドニエストルの軍隊における運用に就いてきた。
この国の兵器産業は、トランスニストリア戦争の間に非常に盛んであり、モルドバ軍に対して使用するための様々な自作の装甲戦闘車両(APC)や自家製の多連装ロケット砲(MRL)を生産した。
休戦後、沿ドニエストルの兵器産業は、同国の軍隊の運用状況を維持する上で極めて重要な役割を果たしてきただろうが、1991年に設立されて以来、旧式のソ連製兵器のストックを置き換えることができないままであった。

同国の兵器産業が製造した装備の1つが、ソ連製GMZ-3地雷敷設車をベースにした独特な装甲兵員輸送車(APC)である。
このAPCは、2015年にエフゲニー・シェフチュク前大統領とアレクサンドル・ルカネンコ国防大臣によって初めて発表され、これらの少なくとも8台は、同年に沿ドニエストル軍に就役したと見られている。
これらの車両のうち、少なくとも2台はその1か月後に演習に参加する状況が見られ、運用状態にあることが確認されている。




沿ドニエストルは、地域内や海外への武器密売国として悪名が高い。
ソ連地上軍第14軍からの大量の武器と弾薬は、沿ドニエストルの地元住民によって引き継がれ、沿ドニエストルに忠実であった第14軍の兵士と外国の義勇兵が、モルドバ政府によれば、依然としてモルドバの領土と主張していた沿ドニエストルに入ったとき、1992年に両者の間で紛争が生じた(注:多くの第14軍の兵士や外国の義勇兵が沿ドニエストル軍に加わった)。
紛失した大量の兵器や弾薬が確保された後、これらは新たに設立された沿ドニエストル共和国軍に引き継がれたか、在モルドバ共和国沿ドニエストル地域ロシア軍作戦集団の監督下でロシアに移送されて戻ったものの、沿ドニエストル由来の武器が限られた量ではあるが、依然として海外へ密輸されている。
それにもかかわらず、武器密輸国としての地位は確実に誇張されている。

1992年に武力紛争が終結したにもかかわらず、沿ドニエストルの状況は非常に複雑であり、ロシア連邦への編入を望んでいるが、経済生産の面では、モルドバへの限られた作物の輸出に大いに依存し続けている。
沿ドニエストルは、外の世界への透明性を高めるための小さな措置を講じているにもかかわらず、実態は依然としてソビエト社会主義共和国当時のままであり、国旗にはハンマーと鎌を使用し続け、さらにKGBを主要な治安機関として維持している。
ロシア軍は沿ドニエストルに限られた数であるがいまだに駐留し続けており、公式に平和維持活動を行っている。

ソ連が崩壊したとき、かつてソ連軍を構成していた人員や関連する兵器類の多くは、所在する地の新しく誕生した国に属することとなった。
このプロセスは、旧ソ連の外に駐留していた多くの民族的ロシア人の離脱(注・分離独立や脱走)によってしばしば問題となったが、これはモルドバが遭った唯一の問題ではなかった。
第14軍は実際にはウクライナ、モルドバ、そして分離独立国家であるトランスニストリア(沿ドニエストル)に属し、同軍の様々な部隊は、ウクライナ、モルドバ、ロシアのいずれかに属したり、新たに形成された沿ドニエストル共和国に合流した。
明らかに、これは非常に複雑で過敏なプロセスの下で行われたものである。








沿ドニエストル側は支配した領域に存在する武器保管庫ほとんどを引き継いだとき、大量の高度な特種車輌を受け継いだ一方、多くのIFVと自走砲を保有することができなかった。
実際、この地域に存在していた、いくらかの2S1グヴォズジーカ122mm自走榴弾砲と2S3アカーツィア152mm自走榴弾砲(これらはロシアへ移送された可能性が極めて高い)のほか、沿ドニエストル軍の兵器保有リストには自走砲は無い。
その代わり、間接射撃の火力支援には、武器庫の牽引式野砲と122mm「プリブール」多連装ロケット砲(BM-21)に依存している。

沿ドニエストルが引き継いだ特種車輌には、大量のGMZ-2とGMZ-3地雷敷設車が含まれていた。
トランスニストリア戦争の間に、この車輌の本来の役割は不要となり、いくつかのGMZが急造のAPCとして沿ドニエストル側で使用され、少なくともその1台が後に戦闘で破壊された
沿ドニエストルは、内戦後でも本来の役割でいくつかのGMZを引き続き使用したであろうが、そのような大規模な地雷敷設車群を必要とされず、ほとんどの車両は少なくとも8台のGMZ-3をAPCに転用することが決定されるまでは保管庫に置かれていた。
沿ドニエストルが利用可能なGMZの量は不明のままであるが、その数は、はるかに多くのGMZをAPCに転換するにはおそらく不十分である。





GMZ-3はAPCという新しい役割に従い、歩兵を輸送できる能力を得るために、搭載されていたすべての機雷敷設装置が撤去された。
地雷敷設用のアーム及びその操縦用の区画は後部ドアの位置を確保するために撤去され、兵員区画を設けるために地雷が格納されていた空間も取り除かれ、内部空間が拡張された。
変化の著しい改修を受けたGMZ-3の本来の形状は、ここで見ることができる。

GMZ-3はAPCの運用者によって、取り扱いが容易になるように広範囲にわたって改修され、新たに装備された単装の14.5mmKPV重機関銃及びその機関銃手のために、操縦席と兵員区画の間に新たな空間が設けられた。
単装の銃機関銃に加えて、車両に設けられた5つの銃眼からライフルと軽機関銃を射撃することができる。
この改修が、本来小火器の銃弾や砲爆撃の破片から自身を防護していた、GMZ-3の装甲に悪影響を与えたかどうかは不明である。

沿ドニエストルの大きさと経済的手段に対して、この車輌は確かに印象的かつ専門的な特徴を誇示し、利用可能なあらゆる手段を可能な限り活用できるという明確なケースを示している。
その点で、沿ドニエストルは、独自の兵器産業の製品によって、外国のオブサーバーの「小さな観客」を驚かせ続けるに違いない。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年2月25日に投稿されたものです。
    当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
    正確な表現などについては、元記事をご一読願います。      

2017年8月18日金曜日

ロシアより愛をこめて:シリアのVepr-12

著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans(編訳:ぐう・たらお)

過去20年間に、シリアで民間人が所持する武器の完全な復活が見られた。
1982年のハマの虐殺後、銃の所持が蜂起に繋がる恐れが生じたために民間人が武器を所有し、取り扱う流れは急速に減退した。
失敗した蜂起の直後に施行された厳格な銃規制法は、武器の入手と所有をより困難なものにした。
蜂起への恐怖は80年代に徐々に消えていき、政権によって容認された散弾銃は90年代の農村地帯において狩猟道具として次第に人気が高まっていった。
その大半は有利な価格(注:比較的安価)に関係していたからだ。

こうした事情にもかかわらず、アサルトライフルの所有は1982年の後には厳格に禁じれれていた。
政治的に信頼できる農家や牧羊者は、1982年以前にアサルトライフルを所有することを許可された機密の資格を得ることができたものの、この資格は一般の農家とってはあまりにも高価過ぎた。
違法にアサルトライフルを所有した場合、一般に2〜6年の懲役と革命前の2000〜10.000USドルの間の単位で罰金が科せられた。
しかし、これはピスタチオの木を襲った泥棒を撃退するためにAKMSを握ることを妨げるものではなかった(注:不法所持を根絶できなかったということ)。

話題を散弾銃に戻すと、シリア陸軍(SyAA)国民防衛軍(NDF)内での使用は限られたたままだ。シリアの軍事ドクトリンは今まで市街戦に焦点を当てていなかったため、そのような状況に対応する特殊な武器は少しも導入されていなかった。
しかし、ここ数年の間にイタリアのスパス-15といった限られた数の軍用クラスの散弾銃がシリア沿岸の一般人のもとにたどり着いた。

シリア内戦と比較的よく戦われる広範囲に及ぶ市街戦は近接戦闘に最適な武器の必要性をもたらし、そのような武器を購入するためにシリア軍の代表団がロシアに送られた。
ВПО-205-03は、AK-104とともに2012年のロシアの武器博覧会の際にシリア軍の代表団が視察した武器に含まれていた考えられ、これが限られた数量のVepr-12の軍用版であるВПО-205-03セミオートマチック式散弾銃の導入につながった。




Vepr-12シリーズの散弾銃はAK-74MAK-100シリーズに酷似しており、特に従来の弾倉を使用したアサルトライフルと間違える可能性がある。
AKシリーズに見られる標準的なサイドマウントとは対照的に、装備されているピカティニーレールには、さまざまな種類の光学照準器、フォアグリップ、IRポインターやフラッシュライトの装着を可能にした。

すでにコンパクトなВПО-205-03は横折りたたみ式の銃床によってさらに短縮されることで、近接戦闘のための理想的な武器となる。
この銃は世界中の散弾銃の大半のように、標準的な12ゲージの散弾を発射する。

これらの散弾銃は、どれもがシリアへの高性能な武器の供与で一般的見られるような、戦場に行き着いた姿を見つけられることはなかった。
その代わりに、すべてが直ちに沿岸地域の様々な重要人物やその関係者に支給された。
ВПО-205-03は、例えばデリゾールなどで戦闘する政府軍のための天の賜物になるだろうが、汚職は最も必要とされる場所でのそういった武器の使用を妨げる(注:軍隊ではなく有力者などに支給したこと)。
もちろん、このケースは新型散弾銃の使用だけが関係しているが、このような政策(注:汚職のこと)は最終的に戦時体制の損失に終わる可能性がある(注:現体制を不安定にさせるということ)。

 ※ この翻訳元の記事は、2015年6月8日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記をご一読願います。  

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2017年8月11日金曜日

4年にわたる内戦の成果:第4機甲師団の装甲強化計画


著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

T-72AV及びBMP-2へのスラット・アーマーと空間装甲を用いた部分的な実験に続いて、第4機甲師団は2014年の夏に装甲強化に関する小規模な改修計画を開始した。
数両のT-72M1とブルドーザーを増加装甲で改修した後、現在(2015年時点)、第4機甲師団は同じ方法で改修されたZSU-23-4「シルカ」自走式対空機関砲(SPAAG)も少なくとも1両を運用している。

この計画の目的は、金属製のチェーンでさらに強化されたスラット・アーマー及び空間装甲から成る増加装甲を追加することによってAFVの生存性の確率を向上させることにあった。
全体的に見て、それは通常のRPG弾頭に対して360度にわたる範囲で優れた防御力を備えるものだ。
しかしながら、RPG-29M79オサや後の世代のRPG-7の弾頭(注:PG-7VRタンデム弾頭など)のような強化されたRPGは、そのような装甲を侵徹することについて問題が少ない。

この計画の一環として改修された最初の車両は数量のT-72M1であり、その後、新しい装甲パッケージの実際の戦闘力をテストするためにジョバルに配備された。
これらの最初の作戦では、改修されたT-72M1のうちの1両がスタックしてその後に乗員によって放棄され、さらに別の車両がジョバルに入った後に完全に破壊されたために、この試験を成功に終わらせることができなかった:これが野心的な計画の悲劇的なスタートとなった。[1] [2]

しかし、この状況は第4機甲師団が改修計画を推し進めることを阻んでおらず、改修された数両のT-72M1はその後もジョバルや東ゴータ、さらにはアレッポの部隊に従事し続けた。
この改修を担当する工場はダマスカス北部のアドラにある。














同工場で開発・製造された同様の装甲パッケージは、第4機甲師団で使用されるブルドーザーにも適用された。

そのブルドーザーは、ダマスカスと東ゴータの近隣で行われている攻勢のほとんどで重要な地位を獲得した。
そこでは、 それらが兵士を最前線に輸送し、障害物を除去し、歩兵や戦車を防護するための砂の障壁を高め、地雷原と思しき地点をクリアにするために使用されている。
彼らが装甲パッケージの無い状態でこれらを運用していたとき、局所的なDIY装甲を装備していたとしても、反政府軍の対戦車チームや対物ライフル、さらには機関銃の射撃の簡単な餌食となっていた。

小さな工場の違いや軽微な戦場での改修以外にも、2つのバリエーションが存在することが知られている。


これらのバリエーションは、装甲パッケージの設計と製造がいかにして時間の経過とともに進歩してきたのかを明確に示している。
下の車両はジョバルで活動しており、そこでは主に兵士の輸送や地雷原の処理に使用された。

その車両は2014年12月の後半、おそらく地雷原を処理しようとしている際に、ラフマン軍団としても知られているフェイラク・アル・ラフマンの戦闘員によって野外で捕獲された後に破壊された。
そのブルドーザーはRPG-7と対物ライフルによる複数の命中弾を受けた後にやっと停止した。
その後、ラフマン軍団の戦闘員は放棄されたブルドーザーへ至るトンネルを掘り、車両の回収を妨害するため、その下に梱包爆薬を置いた。
続いて起こった爆発は車体を破壊して炎上し、将来の再使用を不可能にした。


次に装甲の改修を受ける車両としてZSU-23-4が選ばれた。
ダラヤで得られた戦歴では、ほとんどの場合においてT-72では狙うことのできない、アパートや共同住宅といった高所に位置する反政府軍と交戦可能な車両が必要であることを示した。

過去における数ヶ国の先例に続いて、シリアは戦車や歩兵を支援するためにZSU-23-4の大部隊の投入を開始した。
この役割においてシルカの最大の弱点となるのは貧弱な装甲だ。
本来、シルカはヨーロッパ平野で戦車や歩兵戦闘車(IFV)の後方で航空機やヘリコプターと交戦するような運用を想定して設計されており、その装甲は敵の隠れ家に接近して交戦することに適しているとは程遠い。
シェイフ・マスキン近郊における第82旅団に所属していた車両の最近の映像は、この事実を非情に思い出させるものとして役立つ。[3]

装甲パッケージの装着は小火器とRPGの射撃に対するシルカの脆弱性に大きく対処し、車両が以前よりも近接な戦闘での火力支援を可能にした。
非常に高い射撃速度で、大口径を有し、あらゆる潜在的な目標をカバーする仰角と射撃範囲で、それは完璧に理想的な都市制圧型支援車両:シリアの戦場で4年近くにわたって作り上げられた過酷な環境に完全に適応した戦闘マシーンとなった。









T-72M1の正面にある金属製のチェーンがRPGの弾等を止めることが不可能と判明した後、改修されたT-72M1のほとんどはチェーンが増加式の空間装甲や単なる金属の断片に置き換えられた。
これらの改修はT-72の運用地域で行われており、装甲パッケージを担当する工場が不思議なことに、正面に金属製のチェーンを付けたT-72用にそれを未だに製造している。

紛争が活発になって以来、様々な種類の装備の長所や弱点に関する無数の戦闘報告が提供されるため、改良された装甲に続く派生型がこれらの問題に対処し、ますます有効なものになる可能性が高い。





ジョバルで改修されたT-72M1のうちの2両が破壊された後、装甲パッケージの戦闘力は最小限に抑えられたと考えられていた。
しかし、これは決して新しい装甲の実際の戦闘能力を表すものではない。
新しい装甲パッケージが乗員に無敵の感覚を与えて乗員が通常より大きなリスクを負うことにつながり、そして車両が破壊される結果をもたらす可能性がある(注:大胆な行動をとりやすくなるために撃破される率が高まるということ)。
東ゴータからの1枚の画像は戦闘においてその有効性を確認でき、改修されたT-72M1は何発かのRPGの命中を受けた後も無傷のままだ。

実際に未知の対戦車兵器の打撃を受けたこの一例では装甲パッケージの良い面と不都合な面に関して全く論証できないことが明らかだが、第4機甲師団が重要な資源をそれに割り当てることをついて十分に有効性があると判断していることは明らかだ。

これらの車両で行われた改修は、第4機甲師団がまだ息切れを起こしていないことを証明している。
ステレオ式測遠機の位置のためにT-72「ウラル」ではこの装甲パッケージの装着は不可能だが、同じ方法でますます多くのAFVが改修されることが予想される。

 ※ この翻訳元の記事は、2015年1月30日に投稿されたものです。
    当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2017年8月4日金曜日

DIYに走るシリア軍: S-60 AZP 57mm対空機関砲が2K12 SAM発射車両に搭載された
















著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

現在も進行しているシリアでの内戦は、関係する各勢力が自己の火力を高めるために多くのDIYプロジェクトに取り組むという結果をもたらしている。
悪名高い反政府軍のヘル・キャノン(Hell Cannon)や政府軍のIRAM(Improvised Rocket-Assisted Munition or Mortar:急造ロケット推進弾・迫撃砲、例としてボルケーノ・ロケット)と樽爆弾はそれらの完璧な例であり、かなりの数が生産されているほど十分に成功している。
後者の2つは共和国防衛隊の機甲部隊の一部に施された装甲の強化とともに実際には広く普及しているため、単なるDIYによる改造ではなく工業規格化された改修としてより適切に分類される可能性がある。

DIYプロジェクトは、利用可能な資源と各地の指揮官・兵士の独創性や意欲にたびたび左右される。
これらの条件はシリア各地で大きな差があって幾つかの勢力や地域には十分な武器や弾薬がある一方、他では敵から優位を得るか攻勢を阻むために使用できる十分な火力を確保するべくDIYを余儀なくされている。

S-60 AZP 57mm対空機関砲のトラックへの搭載はシリアで非常に普及しているDIY改造であり、長射程を有する速攻の火力支援を兵士に提供することが比較的容易なものだ。
この改造の唯一の欠点は、トラックのキャビンが障害となって正面がブロックされるために機関砲の射撃範囲が制限されることだ(注:正面に向けて射撃できない)。
こういった改造のためにベースとして選択されたトラックは、多くの場合はごみ収集車(注:文字どおり)であり、要員に小火器の射撃に対するある程度の防護を提供する。

同じ機関砲を2K12 クーブ移動式地対空ミサイルシステム(SAM)の車体であるGM-578(2P25)に取り付けることでこの問題が解決され、砲手が機関砲を完全に旋回させることを可能にした。
最近、限られた数のこのような改造がシリア・アラブ陸軍(SyAA)のために施されているので、近い将来により多くの車両が改造される可能性がある。

改造された2K12の少なくとも1台は現在(注:2015年当時)、ヒズボラとシリア政府軍によって共同で実施されている戦略的に位置づけられたカラマウン地区への攻勢に参加している。
SyAAと共和国防衛隊は、主にヒズボラの戦闘員で構成された歩兵部隊に火力支援の大部分を提供している。



シリア各地に散在する孤立したSAMサイトの脆弱性は、より安全でより強力な政府支配地域に最も脆弱な装備を移動させるという決定につながり、そこでほとんどのSAM中隊が復活させられたが、何らかの理由でその復活は短命に終わった。
スペアパーツの不足や要員を他の任務に配置する必要があるということは、SAM中隊は最小限の要員で運用されるか全部が放棄されたことを意味した。
いくつかの2K12中隊は下の画像のTELと同じ運命を迎えた。
この車両には「الجيش - ١٠٦٠٥٥٨ :陸軍-1060558」という文字が書かれている。
改造された2K12は放棄された車両の1つであり、これらに埃を被らせるのではなくて火力支援のプラットフォームに転換することは道理にかなっている。

この費用対効果の良い改造車両は機動性があり、それゆえに政権側の戦闘員と一緒に進むことができるが、小火器の射撃から乗員を防護する鉄鋼製の車体に搭載することができる弾薬の量が限られるため、火力支援プラットフォームとしての役割を限定する可能性がある。
しかし、リビア・ドーン(リビアの夜明け運動)によって開始された別のDIYプロジェクトでは、2K12を同じような他の用途(注:対地攻撃用)で使用できるように改修することが可能だということを示し
た。
比較的単純な改造をすれば、600kgの3M9ミサイルは非常に頼りにならない影響しか与えないにもかかわらず、地対地攻撃の用途に再利用することができる(注:対地ロケットとして開発されていない対空ミサイルでは、弾頭の種類や特性、それに弾道特性などから命中率も低いためにあまり戦果を期待できないということ)。
現時点では不明だが、まもなくシリアの戦場でもこのような改造車両が使用される姿を目にすることができるかもしれない。


 ※ この翻訳元の記事は、2015年7月11日に投稿されたものです。
    当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2017年7月28日金曜日

ロシアより愛をこめて:シリアのAK-74M





































著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

AK-74Mは現在、シリアを支配するべく戦っている様々な勢力に使用されているアサルトライフルの中で、最も人気のある銃としてその地位を徐々に得ている。
もともと、AK-74Mはシリアではわずかな数量しか導入されていなかったが、最近の供与が内戦で疲弊したこの国で、この銃の存在の確固たる存在を確実なものにした。
AK-74Mは、シリア・アラブ軍共和国防衛隊だけでなく、国の支配するべく戦っている他のさまざまな勢力にも人気がある。

シリアは90年代の後半に最初のAK-74Mを導入したが、極めて少数に留まった。
この最初のバッチは、ソ連の崩壊のためにロシアとの軍事・技術協力が減少した後で、その関係が再開した後の1996年にロシアと取り決めた取引の一部だったと考えられている。

この取引では、 小火器、対戦車ミサイル、暗視装置や既にシリアで使用されている兵器の弾薬といった豊富な幅の供与が想定された。
その供与パッケージには大量のAKS-74U、少数のAK-74MやRPG-29RPG-7用のPG-7VR弾頭だけでなく、9M113Mコンクールス対戦車ミサイル、さらにはその当時の時点で改修されたばかりであったT-55MV用の9M117Mバスチオン砲発射式ミサイルも含まれていた。

シリア側による価格の引き下げと将来の購入に関する支払い計画の延長の要求に対する意見の不一致とロシアへの負債は、両国の深刻な関係の衰退につながった。
それにもかかわらず、発注した兵器の大半は最終的にシリアに引き渡された。

















AK-74Mが最初に姿を見せたのは、2000年にダマスカスの国民進歩戦線(NPF)本部の前で警備兵が携行している姿を目撃された時だ。
このAK-74Mは最初の納入バッチのものであり、AKS-74Uと共に、主に特殊部隊や重要度の高い場所を警護する要員に支給された。
AK-74Mの量は、依然として広範囲にわたる支給を可能にするには少なすぎた。

2度目のAK-74Mを取得しようとする(今回はより野心的な規模の)試みは、シリア内戦に至るまでの数年間に行われた。
この間に、シリア・アラブ陸軍(SyAA)は歩兵部隊の一部の防護力と火力を向上させることを目的とした野心的な近代化計画を始動した。










SyAAは2008年にこの将来の兵士近代化計画の一環として2種類のアサルトライフル、5.45×39mm弾を使用するAK-74Mと5.56×45mm弾を使用するイラン製のKH-2002「ハイバル」をそれぞれ試験した。
この目的のために、イラン防衛産業機構(IDIOまたはDIO)は10丁のKH-2002を担当者と共にシリアへ送り込んだ。

テスト中に10丁のKH-2002のうち2丁以外は全て故障し、恥じているイランの代表者をだしにしてシリア側からの含み笑いをもたらした。 
当然のことながら、このようにしてAK-74Mは「トライアル」の勝者となった。

ウルグアイのKH-2002に対する関心も消えた後で、この銃の計画は2012年に中止された。
輸出注文を引き付けることに失敗し、イラン陸軍がこのライフルを購入することに興味がないことは、この計画はイランにおけるオリジナルのアサルトライフルを設計して生産する数少ない真剣な試みの1つに終わる運命となった。





近代化計画には2種類の「新しい」迷彩パターンの製造も見られており、双方とも、ヒズボラの戦闘員によっても着用されている米国のM81ウッドランド・パターンの正確なコピーだ。
その上、大量の防弾チョッキとヘルメットを中国に発注して引き渡しを受け、不明な供給国から限られた数の特殊部隊用の暗視装置も受領した。
下の画像の兵士は、最終製品(注:納品された装備)がどのように見えるのかを示している。
ここで留意するべき点として、彼のAK-74Mにはアルファ-7115レーザー・ナイト照準器とGP-30Mアンダーバレル式グレネード・ランチャーが装着されている。























ロシアがアサド政権の忠実で信頼できる支援者であることを引き続き証明しており、内戦は明らかにロシアが小火器から戦車、多連想ロケット発射機やさらにはシリア空軍 (SyAAF)のためのスペアパーツでさえ供給し続けることを妨げる機能を果たしてはいないことが分かる。決して予想外のことではなかったが、AK-74Mのいくつかの大量のバッチも、過去数年間にシリア行きのロシア海軍のロプーチャ級揚陸艦に積載された姿が発見された。











シリアに到着した後、これらのバッチはSyAA内でAK-74Mの広範囲にわたる支給と、より少ない程度で共和国防衛隊への支給も可能にした。
レバノンの闇市場経由で西側の銃器や斡旋されたAKも入手可能であるが、国民防衛軍(NDF)は未だに古いAK-4756式AKMで間に合わせている。
共和国防衛隊の第104旅団は司令官であるイサーム・ザフルッディーン准将のもと、イスラミック・ステート(IS)の戦闘員を相手にするためにデリゾールに向かう際、かなりの量のAK-74MとAKS-74Uを受け取った。











AK-74Mは、デリゾールでイサーム・ザフルッディーン准将の護衛を務めるサクル・アル=ハラス(下の画像の左。右はイサーム・ザフルッディーン准将)の選り抜きの武器でもある。
ザフルッディーン准将が個人的に使用する銃はAKS-74Uだが、AK-74Mも何度も使用している姿が見られている。

ISはシリアを支配するために戦っている勢力の中で最大のAK-74M運用者だ。
意外なことに、主に見られる捕獲されたM16とM4カービンがイラクからシリアに移されるという通常の武器の流れに反して、非常に多くのAK-74MもイラクのIS戦闘員と共に行き着いた。














AK-74M自体は近代化されたAK-74の派生型であり、1991年に生産に入った。
同銃はAK-74と比較して使用者により高い汎用性を与えるだけでなく、より軽くて新しいプラスチック製の横折りたたみ式銃床も特徴としている。
これは、典型的な下折りたたみ式銃床を使用する、それ以前のAKSやAKMSとは対照的だ。
















様々な種類のロシア製の光学機器をAK-74Mに取り付けることが可能であり、より正確な照準を確実にする。
これらの照準器は、レシーバーの左側にある標準の取り付け用レールにフィットしている。
シリアでは、このような照準器を装備したAK-74Mは標準的なアイアンサイトを使用するAK-74Mよりも一般的だ。

過去数年間にシリアが受領した光学照準器とアンダーバレル式グレネードランチャーの数は、数多くのAK-47、56式とAKMにも装備することができるほどに十分な量だった。















多くのAK-74Mには、NSPU暗視装置も装備されていた。
シリアでは限られた数のこのような暗視装置が使用できたので、内戦の過程の至る所で散発的な使用が見られた。


AK-74Mには、単発の40mmアンダーバレル式グレネードランチャーを装備することも可能であり、GP-25GP-30Mの2種類が現在までにSyAAによって導入されている。
前者は旧世代のライフルでの使用を対象としたものだが、後者はAK-74MやAK-103のようなより最新のアサルトライフル用に設計されている。
GP-30Mは100mから400mまでの範囲の目標を攻撃することができ、破片榴弾と発煙弾を発射することが可能だ(注:そのほかに焼夷弾やサーモバリック弾もある)。 このグレネードランチャーは象限儀式照準器で照準される。




AK-74M――このライフルはシリアの戦場で非常に恐れられ、そして愛されており、平和が今までよりもさらに遠ざかったと思われる今、この内戦の過程で大きな役割を果たし続けるに違いない。








 




























※ この翻訳元の記事は、2015年2月17日に投稿されたものです。
  当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
  正確な表現などについては、元記事をご一読願います。 
 
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2017年7月21日金曜日

ロシアより愛をこめて:シリアのAK-104














著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

戦争で荒廃した国:シリアへのAK-104カービンの引渡しは全く報告されていないままであり、戦場への影響はこれまで取るに足らないものだった。
それにもかかわらず、これらは定期的にシリアに到着し続ける、ロシア製兵器の流れの増加を表している。
シリアは、90年代から限定的に生産されているこのカービンを受け取った最初の輸出先と考えられている。
シリア内戦が、結果としてAK-104の実戦デビューと言うことができる。

ほとんどがシリア陸軍(SyAA)とそれより少量が共和国防衛隊へ支給された評判が良いAK-74Mとは逆に、少数のAK-104は、そのほとんどが以前のシリアの機動隊に相当するいわゆる治安維持軍に支給された。
もともと大半は警防、盾や催涙ガスで装備されたスンニ派の部隊でスタジアムやデモの間に展開していたが、革命の勃発直後に残存部隊が再編された。
信頼された部隊は、その後により殺傷度の高い武器で武装し、現在は政権支配地域の秩序を維持することを含む幅広い任務を遂行している。

旧式のAK-47AKM56式がこれらの役割に完全にふさわしいが、シリアの首脳部は違うように考えて治安維持部隊の兵士にカービンを割り当てた。
武器のサイズが近接格闘(CQC)には完璧に適したものになるので、より多くの数が得ることができるならば、これらが実戦部隊に支給されるものと予想できる。





















AK-104に対するシリアの関心は、シリア軍の代表団がロシアの武器展示会を訪問した際に、この銃の性能について情報提供を受けた2012年に初めて明るみに出た。
この訪問は特にこのカービンへの関心を示させ、その後に未公開の数のAK-104が購入された。
AK-104を視察しているシリアの代表団のメンバーは以下の画像のとおりだ。






AK-104の起源は、そのほとんどがAK-74Mに遡ることができるが、そこから大口径のAK-103が開発され、同銃に至る。
AK-102、AK-104とAK-105はそれぞれ5.56×45mm、7.62×39mm、5.45×39mm弾用の薬室を備えたAK-103のコンパクト版として設計されたものであり、都市環境での戦闘に最適さをもたらす。
マズルブレーキは、AKS-74Uに取り付けられているものに似ている。

治安維持軍の兵士の手に見えるAK-104は、通常、AK-104に付随するプラスチック弾倉の代わりにAKMの弾倉を使用している。
AK-74Mに見られるように、AK-104は以前のAKSおよびAKMSが装備している下折りたたみ式銃床の代わりに新しい横折りたたみ式銃床を特長としている。

シリアへの(重火器を含む)兵器の継続的な供給が、(IRGC:革命防衛隊ヒズボラなどの)外国のシーア派の戦闘員にますます依存している軍隊を救うのに十分であるかどうかは現時点では不明のままだ。
少数のAK-104は疑いようもなく内戦の結果にほとんど影響を与えないだろう。
しかし、このカービンの存在はシリアに到着するロシアの武器の流れを表しており、この武器の取引は現在の4年目に入った戦争を確実にあおり続けるだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2015年5月2日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記をご一読願います。 

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2017年7月18日火曜日

退役からの復活:スーダンのBo-105が再び空を飛ぶ






















著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

スーダン空軍(SuAF)は、スーダンが英国から独立した1956年1月に設立されて以来、激動の歴史を歩んできた。
もともとエジプトと英国から装備を得て訓練していたが、1960年代後半にソ連から航空機とヘリコプターを導入し、その数年後には中国からの装備の導入が続いた。
SuAFはフランスから航空機を購入しようとしたが、結局はアメリカからF-5EC-130を導入した。
1980年代後半には、リビアからの航空機とヘリコプターを供与される形で軍事支援を受け始め、その後すぐにより多くの中国製航空機が引き渡された。
中国はおそらく過去20年の間に航空機を供給し続けたと思われる。
近年のSuAFの中核は、ロシアやベラルーシ、そして当然ながら中国の航空機によって構成されているが、SuAFはドイツ、スイス、オランダ、カナダといった様々な国から導入した航空機を運用しているか、過去にしていたので、それだけが全てというわけではない。

幅広い供給源に及ぶ多くの種類の航空機を運用することは既に物流面と財政面では悪夢となっており、1960年代から1990年代初頭のスーダンにおける政情不安は、スーダンが異なる政治的方針と外交政策を持つ政府を頻繁に切り替えることを意味していた。
その結果、SuAFが最近導入した航空機用のスペアパーツを入手することができず、作戦能力が低下をもたらし、最終的には1956年の創設以来、飛行隊のほとんどが駐機された状態となった。

スーダンはここ数十年の間、より安定した政治的・経済的状況を享受してきた。
その主な要因は大規模な油田の発見と大規模な開発であり、SuAFのためにより高性能な航空機と装備を購入することを可能にした。
また、スーダンは中国、イラン、ロシアとアラブ首長国連邦(UAE)に拠点を置く企業の支援を受けて、自国で特定の種類の航空機やヘリコプターのオーバーホールを可能にする施設の設立に成功した。
(より一般的にはサファット・アヴィエーション グループの一部であるサファット・アヴィエーション・コンプレックスと知られる)サファット・メンテナンスセンターは、2004年に開設され、2006年に航空機のオーバーホール作業を開始した。

当初、サファットは主にソ連製航空機やヘリコプターのオーバーホールを行うためにもっぱら外国人に依存していたが、スーダン人の数が増加することで他の外国人の大部分を置き換えてきた。
サファットは現在、いくつかの種類の航空機とヘリコプターを独自にオーバーホールすることができるが、大部分の(主要な)プロジェクトでは依然として外国の援助に依存している。
中国製航空機のオーバーホールでは中国人技術者の関与が大きく、ソ連時代の航空機のオーバーホールと整備は主にロシア人とウクライナ人の支援を受け、イランは他のほとんどのプロジェクトで人員と専門的技術を提供している。
(以前はDAVEC、デジェン・アヴィエーション・エンジニアリング・コンプレックスとして知られていた)デジェン航空産業との協定によって、エチオピアはソ連時代のヘリコプターや輸送機、さらにはスーダンとエチオピアのMiG-23のオーバーホールでサファットを支援した。
それにもかかわらず、SuAFは一部の航空機とヘリコプターをオーバーホールのために海外に送り続けており、サファットがいまだにSuAFの要求への対応ができないことを示している。
下の画像はサファットのヘリコプター整備用格納庫の内部を示しており、Mi-24P 「912」番機だけでなく背景に4機のBo-105も映している。




この4機のBo-105の目撃は、スーダンが長年保管されていたこのヘリの数機を稼動状態に戻すために取り組んでいた最初の兆候だった。
スーダンは1977年に西ドイツから20機のBo-105を発注し、その1年後には全機が引き渡されたと考えられていた。
これらのヘリコプターの少なくとも12機がスーダンの警察部隊に配備され、残りの8機はある時点でSuAFに配置転換された。
警察が運用していた機体は民間用の塗装で簡単に識別することができ、SuAFによって運用されたBo-105はスーダンの地形に適応した迷彩が塗装されていた。






Bo-105は引き渡された時点では新品だったが、スーダンは80年代初めにさらに深刻な危機に陥ったため、SuAFとスーダン軍全体に損失をもたらしはじめた。
社会不安、立て続けに発生する戦争、政情不安は最終的には別のクーデターをもたらしてオマル・アル=バシール現大統領を権力の座につけ、すぐにスーダンの同盟関係を西側から遠ざけてイランとリビアの方にシフトさせた。
この急激な転換はSuAFが今では西側製航空機のスペアを入手できなくなったことを意味し、F-5やC-130と他の航空機を飛行禁止にさせる結果をもたらした。
これには、短期間の間に極めてまれにしか飛行していなかったと考えられていたBo-105飛行隊も含まれていた。
残存する機体の大半はSuAF最大の航空基地であるワディ・セイドナに保管され、そこで最終的な生涯を終える可能性が高いと思われていた。


サファットの専門技能やノウハウが向上し、(外国からの支援はあるが)増加する飛行機やヘリコプターの修理ができるようになり、かつてSuAFで運用されていた、Bo-105を含めて決して再び飛行しないと思われていた数種類の航空機のオーバーホールを開始した。
4機のBO-105、つまり3機の旧SuAF機と警察が運用する1機は、IHSRC(イラン・ヘリコプター・サポート・アンド・リニューアル・カンパニー、一般的にパンハとして知られている)の支援を受けて2012年にオーバーホールされた。
スペアパーツのために他の機体が共食い整備の餌食になったり闇市場を介してこれらを入手した可能性がある。
全4機のヘリコプターに関する作業は、サファットの整備用格納庫の外で駐機している4機のBo-105が衛星画像で発見された2012年後半または2013年初めの時点で完了したと考えられていた。
これらのヘリコプターは2014年の時点でも衛星画像に写り続けており、いまだに試験飛行を行っているのか、単にSuAFへの引渡しを待っていることを示唆している可能性がある(注:2017年現在では駐機されていない)。
再び運用状態に入ったBo-105の1機を下の画像で見ることができる。



スーダンのBo-105は全機、28発入りのSNIA 50mmロケット弾ポッドと2門の7.62mm機銃を搭載したガンポッドで武装することが可能であり、これは下の画像で見ることができる。
もちろん、SuAFによって運用されているMi-24/35といった攻撃専用のヘリコプターに比べると、この武装の数は実に少ない。
Mi-24/35は、SuAFの主要な攻撃ヘリとしての地位を獲得しており、その耐久性や航続距離とペイロードは、同機をSuAFにとって理想的なプラットフォームにしている。
その反対にBo-105は全く異なるプラットフォームであり、スーダンの厳しい戦場の上で有効活用するための航続距離と装甲が不足している。
その代わりに武装偵察ヘリコプターとして使用したり、より平和的な任務のために警察へ引き渡すこともできる。













Bo-105がSuAFの能力を大幅に強化する見込みはないが、最小限の努力で飛行状態に戻すことができ、結果としてSuAFに少なくとも4機が存在することになった。  
おそらくより重要なのは、このヘリに関する作業がスーダンにとっての重要な一歩を示していることであり、将来的に航空機やヘリコプターのオーバーホールをより自立して行うことになる可能性がある。

 ※ この翻訳元の記事は、2016年6月18日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記をご一読願います。  

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