2017年12月11日月曜日

リビアのAn-124がウクライナで競売されるかもしれない立場に陥る



著 Stijn Mitzer(編訳:ぐう・たらお)

リビアを疲弊させ続けている混乱が安定する見込みの無いまま継続しているため、リビアが所有する2機の巨大An-124輸送機の1機は、2010年からキエフにある施設で同機の保管と定期的なメンテナンスを行っているアントノフ社に対して同国政府が120万ドルを支払うことに失敗した場合、ウクライナによって競売にかけられる可能性に直面している 。

リビアは2001年にリビア・アラブ・エア・カーゴ(LIBAC)のために2機のAn-124を取得し、An-124ほどの大型機を要する国際チャーターの貨物便にこれらの巨人機を使用し始めた。
パンアメリカン航空103便爆破事件によって科された制裁措置の結果としてリビアは対外的にほぼ完全な孤立状態に耐えていたが、かつての宿敵との関係を正常化し始めたことから、An-124は再び世界中を飛び回っていた。

少なくとも2011年まで、リビア革命とそれに続く内戦の勃発は同国の民間航空に重大な影響を与えた。
2機とも2011年の爆撃やその破片による破壊から逃れたものの、LIBACの運航を再開するための構想と資金が不足していたことは、An-124 「5A-DKN」がトリポリ国際空港(IAP)に放置され続け、同「5A-DKL」'スーサ'がウクライナから本国へ回収されずに今日までキエフのアントノフ社の施設に残り続けることを意味した。

国内で続く内戦のために、リビアの航空会社による通常の運行が崩壊し始めて民間機の破壊がありふれた光景になったため、リビアにおけるAn-124の将来は次第に厳しいものになった。

しかしながら、LIBAC職員が機体に描かれた緑のジャマーヒリーヤ旗を新しいリビアの国旗に置き換えることを妨げていなかったようだ。




リビアの治安情勢はさらに悪化したものの、「5A-DKN」は紛争当事者がトリポリIAPを制圧するための戦闘で、付近の施設を標的にしてAn-124の近くに駐機されていたいくつかの航空機を壊滅させた後も奇跡的に生き残った。
An-124は破片による損傷だけで済んだが、大規模な戦闘が旅客ターミナルを完全に破壊した結果として、空港が閉鎖され少数の航空便がトリポリからミティガの空港に行き先が変更された。

(リビア側が維持する)動機がなく、アントノフの保管施設に残っているAn-124を回収する資金が不足している可能性が高いため、同機が最高入札者へ競売される見込みはますます高くなってきている。
他のAn-124と比較すると飛行時間が比較的少ないことから、「5A-DKL」はアントノフ自身の航空会社やAn-124を運行する他の会社にとって魅力的な機体となるだろう。
現在のリビア政府はAn-124を維持する価値があると考えているのだろうか?
この答えは疑いようも無く今でも非常に好ましくない財政事情と安定性が関係してくるだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年11月27日に元記事を執筆するStijn Mitzer氏が運営 
  するブログ:Al Maha Aviationに投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所がありま  

2017年11月30日木曜日

イスラミック・ステートの機甲戦力:ハイル州(デリゾール)におけるDIY改修車両



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

イラクで行動している武装勢力からイラクやシリア、さらには海外の広大な土地をカリフ制の下で支配していると自己主張したイスラミック・ステート(IS)の台頭(小さな組織から大規模な軍勢にまで発展した変化)は、シリア内戦の推移に重要な影響を与えた。
そこでは革命の本来の目的を乗っ取り、シリアにおける戦争の範囲を劇的に変えている。
この変化の中心にあるのは戦場で直面するさまざまな状況に迅速に適応するISの能力であり、今までで最も洗練された指定テロ組織の1つになることを可能にしている。

世界中の多くの武装勢力は専らゲリラ戦に焦点を当てた軽歩兵部隊として行動しているが、ISによって捕獲された膨大な量の重火器は、彼らに対して強力な敵に直接挑むことを可能にした。
作戦におけるAFVの使用は例外ではなく、ISはシリアだけでも200台以上の戦車と約50台のBMP(ソ連製装甲戦闘車両)を捕獲して運用している。
ISの重火器を破壊するための有志連合の取り組みは、2014年中頃の空爆開始以来AFVのストックを徐々に減少させたものの、ISはウィラヤット(ISの地方自治体:州)各地でかなりの数のAFVを運用し続けている。

このAFV群の技術的支援を提供するために、いくつかの州は将来の戦場で再使用するために車両の修理や改修をするためのAFV用工廠を設立した。
すべての州には装甲強化型VBIEDの製造を任された工廠があるが、一握りの州だけがAFVの修理と改修をすることができる重要な工業拠点を有している。
これらの工廠の設立は各州にある車両とAFVの量と地方自治体の工業力、そしてリーダーシップと技術的専門知識に直接左右される。

これらの要素がすべて結びついて、IS領内各地、主にモスル周辺に集中していくつかの主要なAFV工廠が設立された。
ここ(モスル周辺)で捕獲された莫大な量の車両はISのニーズにより適合した車両に改造することを目的とした大規模な産業を生み出し、無数のDIY改修へと至らせた。
シリアでは2つの主要な工廠が設立されており、一つはラッカ州にありもう一つはハイル州(デリゾール)に位置する。
この記事ではハイル州のDIY改修について取り上げる。



デリゾールは以前ではおそらくシリアで最も報道されていなかった戦闘地域であり、最近、都市部の政権支配区域に住む飢えた人々に対して国連とロシア空軍による食糧投下が開始された後に注目を集めた。
デリゾールをISから防衛している部隊は2015年5月から(ISに)包囲されており、彼らは2011年以来継続的に交戦しているにもかかわらず引き続きその支配地域を維持している。
自由シリア軍は市内の空軍基地や軍事施設へ更に前進することができなくなっていたが、ISは2014年7月にデリゾール周辺の反政府勢力を倒した後、デリゾール内の政府勢力を除去するために新たな試みに取り組んだ。

自由シリア軍が維持していた最前線を受け継いだISは、都市の空軍基地外周の東側、デリゾールの市街地と第137旅団の基地を危うくしている3つの前線を圧迫し続けた。
ISはもともと空軍基地と都市部を中心に攻撃を集中しており、Il-76といった大型輸送機の着陸を妨害するためになんとかして十分に飛行場へ接近することはできたものの、実際には占領することができなかった。
デリゾール市の中心部の戦闘は未だに決着しないままであり、両陣営の兵士はシリア軍兵士が市外へ追い出されるよりはむしろISの敗北の方が早く発生する可能性が高い程度に防備を固めていた(注:我慢比べの拮抗状態にあったということ)。
結果としてこれらの最前線で前進することができなかったため、ISは都市の西側と南側から前進するために新たな試みをした。
この戦術は成功したことが証明され、戦闘員を今までよりも空軍基地に近づけさせてデリゾールの政権支配地域を2つに分割した。
この状況もかかわらず、いずれの地域の占領も極めて可能性が低いままだった。
下のようなデリゾールの荒廃した都市中心部の画像は、こういった都市の地形で前進する際の大きな困難をもう一度暗示している。




ISが現在デリゾールで戦っている3つの前線では、それぞれ様々な種類の車両での異なるアプローチを必要としており、そのような車両を提供したり、既存のものを新しい用途に改修することができる工廠の必要性を生み出している。
市街戦では(別の方法では打開することがほぼ不可能であっただろう)アパート群を一掃するために大型で重装甲の車両運搬式即席爆発装置(VBIED)が求められ、都市西側の砂漠の風景が遠くから目標を攻撃することができるAFVの必要性を感じさせる一方で、飛行場南側の緑豊かな環境は近接戦闘で命中弾に耐えることができる装甲を強化したAFVも必要とした。

主に都市の中心部と空軍基地の南側を制圧するための戦いは、数え切れないほどの面白く、時には馬鹿げたDIYの創作物をもたらした。
シリア陸軍の現代的な戦車部隊の大部分が、内戦の開始前にイスラエルとレバノンとの国境近くに駐留していたため、デリゾールおけるAFVのほとんどが旧式のT-55BMP-1だ。
その結果として、ISのDIY改修車両の大部分はこれらの旧式車両をベースとしている。

しかし、この状況は「ライオン」イッサム・ザレディン将軍が率いる共和国防衛隊第104旅団がいくつかのT-72ウラル」、T-72M1、T-72AV、さらにはT-72M1 TURMS-Tを伴ってデリゾールに配備されたときに変化した。
大変興味深いことに、いくつかのT-55MとT-55(A)MVもデリゾールに姿を見せたが、これらは第104旅団によってここに持ち込まれたか、他の日にシリア軍派遣部隊に対する増援として到着したのかは不明のままだ。
今までのところ、デリゾールにいるISによって捕獲された限られた量のT-72はもっぱら本来の用途で使用されてきた。




BMP-1はハイル州の工廠による改修では非常に評判の良い車両となり、いくつかは装甲兵員装輸送車(APC)かVBIEDに改修されている。
これらの改修の殆どを担当した工廠は「ورشة المجنزرات:装軌(車両)用の工廠」であり、引き続いて改修されたAFVを指定された部隊に引き渡していた。

下のBMPは装甲防御力が著しく改善されており、これは間違いなくハイル州から出てきた巧妙な改修の1つだ。
同車の側面は金属板に取り付けられた、増加装甲としても機能するスラット・アーマーで広範囲に強化されており、両側面はこれによって完全にカバーされている。
BMP-1の燃料タンクとしての役割も果たす後部ドアは土嚢でさらに補強されたスラット・アーマーが装備されている状態が見えるが、スラット・アーマーの位置はそれ自体の効果を発揮するには車輌自体に近すぎるかもしれない。
さらに、砲塔の周囲には追加装甲が装備されている。
車長席の視察窓は塗り潰されているように見えるが、ファテフ・アル・シャーム戦線(旧アル・ヌスラ戦線)やISのような反政府勢力は、BMP-1を操縦手と砲手だけで操作するため問題になることはないはずだ。







火力支援用途に改修されたBMP-1でも、先の車両と同等の装甲配置が見られた。
元の砲塔は取り外され、この車両には代わりにのZU-23 23mm機関砲が装備された。
この改修には、厚い金属板とスラット・アーマーを使用しての全周囲にわたる装甲防御力の強化が伴っており、少なくともあらゆる方向から発射されるあらゆる小火器の弾から防護することができるはずだ。
注目すべき点として、車体正面上部の薄い装甲のおかげで防御力を向上するために装備された土嚢と正面下部の装甲板がある。 
この車両はデリゾールでシリア軍に奪われており、画像には乗員と共に同車が映し出されている。
この改修された車両は捕獲された直後に近くの政府側のチェックポイントに移動させられ、放棄された。
このチェックポイントは後にISによって制圧され、他で使用するために23mm機関砲が取り外された同車も再捕獲された。



ハイル州のBMP-1に行われた最近の改修では、同州のいくつかの戦車に見られる装甲の改修を連想させるような、装甲防御力への単純な追加策が見られた。
これにはサイドスカートの装着、土嚢やその他の物を入れた砲塔周囲へのフレーム、そして車両の後部に取り付けられたスラット・アーマーが含まれていた。
最前線のIS戦闘員に車両をより早く引き渡すため、装甲防御力を軽減して設計、製造、装着するために、これらの改修にはそこまで多くの時間を必要としない。












以前はおそらくAPCとして使用されたと見られるBMP-1は後の2016年6月にVBIEDになり、デリゾールで2回目に確認されたBMP-1 VBIEDの使用例となった。
この車両の砲塔は、機械銃の装備や乗員の個人用火器を使用するために、前面を空けて溶接された非常に粗雑な鋼板の列に取り替えられた。
BMP-1の標準的な装甲防御力は、車両の後部と両側面のスラット・アーマーによって強化された。
このスラット・アーマーの取り付け部分は、上のBMP-1とは違って以下の車両で目撃されたように以前の配置から置き換えられたようだ。













別の装甲強化型BMP-1はAPCに改修された。
上の車両とは対照的に、このBMP-1には取り外された砲塔の代わりに何も装備されていないようだ。
スラット・アーマーの配置は上の車両と同じであり、車体の装甲に対する貧弱な取付け部分をはっきりと見せている。
このBMPの背後には、大型トラックの車台をベースにしているように見える興味深い別の車両が見えるが、現時点ではその詳細がはっきりしていない。



いくつかのBMP-1はデリゾールのISによって本来の用途(IFV)で引き続き使用されている。
ほとんどの車両は改修されていないままだが、いくつかは先の例と同様のスラット・アーマーが装備されており、各車両の間には小さな差異がある。
下の車両は側面のスラット・アーマーを失っており、敵弾が命中したか何かに衝突して外れ落ちた可能性がある。
このようなスラット・アーマーの取付け部分は特に強いわけではないが、たった1発の命中弾を受けた後も外れ落ちることはないと思われる。
スラット・アーマーを砲塔に装備した状態では、この車両は「工廠」によるBMP-1の改修型と偶然の類似性があるが、その質はかなり劣っている。

VBIEDや先のAPCのケースのように転用されたBMP-1は、よくその改修の過程で砲塔が撤去された。
しかし、砲塔とそれに付随する2A28「グロム」73mm砲はほとんど無駄になることはない。
その一例を下に見ることができる。
このトヨタ・ランドクルーザーには今や余剰となった砲塔のうちの1基が搭載され、IS戦闘員に火力支援用の機動プラットフォームとして与えられた。
この車両に付与された「ブラック・スクエア」には、الدولةالإسلامية - 'イスラミック・ステート'、جيشالخلافة - 'カリフ制軍'(ジャイシュ・アル・ファリーファ)と記載されており、更に固有のシリアル番号が加えられている。






ハイル州では、主力戦車(MBT)の改修はこれまでいくつかのT-55とT-62に限られていた。
デリゾールでは、ほとんどの戦車は元の状態で運用され続けるか、ISの捕獲直後にVBIEDに転用された。
他の戦車が本来の用途で使用され続けている一方で、一部の戦車がVBIEDに転用された正確な理由は不明のままだ。
戦車が完全に無傷であっても、自爆任務に使用されているように見える。
それにもかかわらず、戦車の重装甲はその積載物を起爆させる直前までに、それらを指定された目標に向かわせることができる点では理想的に適合していた。

戦車の改修対象のほとんどは、デリゾールにいるISで最も多く運用されている戦車であるT-55に限定されていた。

下のT-55は、車体の両側面に鋼板、砲塔の周囲に装甲を向上させることができる、さまざまな物質を積み込むことが可能になるフレームを追加することで改修された。
これには土嚢からゴム板、さらには板でさえ装備可能だ。
戦車に搭載された著名な北朝鮮のレーザー測距儀(LRF)は、下の画像で見ることができる。




砲塔への付加物の積み込みはデリゾールで行われた最も基本的な改良の1つとして数えられており、そのような即席の「改良」装甲のシンプルさは下のT-55に見られるように誇張することはできない(注:文字どおりということ)。
この戦車にも粗雑なスラット・アーマーが装備されたように見えるが、ある時点で外れ落ちたはずだ。



下のT-62のフレームには何らかのスポンジ状の物体がある状態のようであり、確かに走行防御力を向上させるための興味深い選択だ。
戦車は完全に再塗装され、背面に「ブラック・スクエア」が施された。
読みづらいものの、タドムルの近郊で破壊されたT-55にも「ウスマーン・イブン・アッファーン師団-アル・ハンサ兵員局」と書かれた同様の「ブラック・スクエア」が発見された。
このとあるT-62は過去数ヶ月にわたり3つの異なる機会に目撃されており、引き続きデリゾールで運用される姿が目撃される可能性が高い。







シリアでよく見かける土嚢は、どのAFVに対しても装甲防御力を向上させるための迅速かつ安価な方法として使用されている。
この目的のために、たいていは金属製の囲いがその支持フレームとして機能するように砲塔の周囲に装備される。
土嚢は戦車の前部に簡単に付けることが可能だが、これは言うまでもなく、側面に装着する場合と比較するとはるかにやっかいなものだ。



シリアの各勢力の間で非常に普及したもう一つのあまり洗練されていない解決策は、砲塔の周囲に使用済みの薬莢を取り付けることだ。
下の画像では、各薬莢がロープで一緒に固定されているようだ。
サイドスカートは鋼製またはスチール製のプレートで補強されており、車体下部の装甲板も同様に補強されている。
戦車の装甲の僅かな部分だけに寄与する上に被弾するのは比較的少ない箇所とはいえ、
DIYによる装甲の改修では車体下部の装甲板がよく見落とされがちだ(注:画像の車両では対策が施されている)。
新しいマッドガード(注:フェンダー部上面)を作成するための素材として金属板も使用されている。
これはオリジナルのものが比較的脆く、シリアの戦車には欠落していることが多いことが理由だ。




デリゾールで運用されている改修されたAFVはハイル州にある工廠の「製品」だが、他の場所からも持ち込まれている。
実際、ラッカ州の「工廠」によって改修されたAFVはデリゾールで何度か目撃された。
ISの戦力は米国主導の有志連合による絶え間ない空爆の脅威にさらされているが、彼らは依然として探知されずにシリアとイラクの各地へ機甲戦力を移動することができる。
これの一例は、2014年10月にシャエル田(ガス田)の近くでシリア軍から捕獲した2S1グヴォズジーカで、後にデリゾールのシリア軍に対して使用されたことが確認された
イラクで以前に捕獲された少なくとも1台の米国製ナビスター・インターナショナル7000シリーズ(トラック)も同地域で活動しており、2015年5月にデリゾールでの戦闘とアル・スナスフ及びタドムル(パルミラ)に対する最初の攻勢に参加した姿が見られた。

デリゾールでISが使用している「工廠」によって改修された車両には、上に見られるBMP-1の砲塔を装備したトヨタ・ランドクルーザーと、装甲強化型T-72M1及びBMP-1が含まれている。
後者は、2015年後半に市の東側にある政権側の拠点に向かって前進している際に撃破された。
これらの車両は、ラッカ州の「工廠」のDIY改修車両に関する記事で広くカバーされる予定だ。




デリゾールのISは火力支援として多種多様な戦車や他のAFVの使用することに加えて、いくつかの大型トラックをAZP S-60 57mm機関砲D-30 122mm榴弾砲 を追加することによって兵器搭載車両に変えた。
これらの車両の大半は重(火器)大隊によって運用されており、車両のキャビンに塗装された「ولاية الخير كتيبة الثقيل:ハイル州-重(火器)大隊」の文字によって容易に識別できる。
トラックに搭載されたD-30 122mm榴弾砲はハイル州における数少ない火砲の改修プロジェクトの1つだ。
このプロジェクトに関しては、今までは改造される以前に破損していた可能性が高い短砲身のM-46 130mm野砲だけしか知られていなかった。






BMP-1を使用して兵士を最前線に運ぶ以外にもブルドーザーやトラックをベースにした装甲兵員輸送車もデリゾールで活動しており、空軍基地の東への攻撃の先頭に立つ姿をここで見ることができる。
上部にはDShK 12.7mm重機関銃またはKPV 14.5mm重機関銃を搭載している可能性がある砲塔があり、乗員および兵員が外を見ることができるいくつかの視界窓も標準装備されている。
側面の鋼板と背面の非常に初歩的なスラット・アーマーは、この車両にある程度の防御力を付与する。




デリゾール市の中心部から残残する政府勢力を追い出すための取り組みで、ISはトンネル爆弾からブルドーザーをベースとした巨大な武装VBIEDの使用までのすべてを試みた。
後者のいくつかは下の画像で見ることができる。
(特性ゆえに)低速に悩まされるが、これらの車両は追加装甲を付与されると信じられないほど耐久性を得ることができる。
それに加えて、ブルドーザーのブレード(排土板)は持ち上げたときに追加装甲としても機能する。




これらのVBIEDのほとんどは、「神からの支援と差し迫った勝利(3)」に登場したものだ。
これらの車両の大部分のスラット・アーマーの配置は以前に見つけられたBMP-1のものと非常に似ているので、同一の工廠が両方の改修を担当した可能性がある。
今では明らかなとおり、ハイル州の工廠は見た目よりも実用性の方を好む。




別のブルドーザベースのVBIEDに関する映像では、装甲の使用状況がはっきりと見える。
さらに興味深いことに、運転席の近くに積載された爆発物の一部も見ることができる。
アブ・アマル、アブ・フセイン、アブ・アル・バラーを含むいくつかの名前が追加装甲に書かれている。
これらは間違いなくIS戦闘員の名前だろう。




下の装甲強化型ブルドーザーは、デリゾール市内の中心部へ進む際に補強されたブレードをシールドとして使用しているように見える。
操縦手がどこへ向かっているかを見ることができるように、(ブレードの)装甲に2つの切り欠きが設けられている。
実用性はさておき、拠点に向かって前進するこうした巨大な姿が見えることはシリア軍守備隊にかなりの心理的影響を与えたはずだ。





重装甲でも、デリゾールのすべてのVBIEDがその目標を達成したわけではない。
少なくとも2台のブルドーザベースのVBIEDが、積載物を起爆させる機会を得る前、つまり目標に到達する前に破壊されたことが知られている。
近くでの爆発が守備隊のいる建物に甚大な被害を与える可能性があるため、これらの巨大なVBIEDの早期発見は最も重要だ。
下のVBIEDを撃った弾は少なくとも2つの装甲を貫通したが、それが車両自体に到達したかどうかは不明だ。
実際、VBIEDが敵弾が命中する前に立ち往生して放棄された可能性が高い。




トラックをベースにした装輪式VBIEDはハイル州でも普及しており、そのほとんどは市内中心部よりも市の郊外で使用されている。
興味深いことに、このとあるトラックは後部に荷台を設置することによってダンプ車に改修されたように見える。
この貨物車は現在、VBIEDの爆薬を運ぶために使用されている。




実際、ダンプトラックは運転席に座っている運転手と分離して多数の爆薬を運ぶことができるために人気がある。
この車両のスラット・アーマーは鋼板に直接取り付けられており、間隔が無いために命中した命中弾を妨害する効果が生じないことから、それがどのように機能するか理解が不足していることを示している。



デリゾール市の中心部で重装甲強化型のブルドーザーを使用することに加えて、デリゾールのISは内戦で戦車ベースのVBIEDを初めて使用しており、既に2014年後半に最初の車両が投入された。
このT-55ベースのVBIEDは依然として砲塔を装備しているが、使用時に市街地の通りを簡単に進むことできるように主砲が撤去された。
少なくとも4台の戦車ベースのVBIEDがその後に続いた。



これには、BMPベースのVBIEDとともに目標へ送り出された以下の車両が含まれている。
どちらの操縦手もとても若く見え、10代後半か20代前半と思われる。
シリア内戦に関与するすべての勢力が戦闘で子供を利用しており、ISは兵力不足を解消するために若い戦闘員の徴募を増加させている。




高度に改造されたBMP-1はVBIEDとしても使用された。
この画像では新しく設けられたドアの背後に積載された爆薬を映し出している。
VBIEDとして使用されることが決まっているBMP-1から後部ドアを1つ、または時には両方取り外すことは一般的な慣行だが、撤去の背景にある正確な理由は現時点では不明のままだ。





少なくとも2台のBTR-50PU指揮統制車もデリゾールでVBIEDとして終わりを迎えた。
シリアのBTR-50の大部分は内戦の開始前に退役になっており、過去6年間で極めて稀にしか見られなかった。
ハイル州にある他のVBIEDの多くとは対照的に、これらのBTR-50はデリゾールに到着する前にラッカ州の「工廠」によってオーバーホールや改修をされたと考えられている。





後に別のT-55ベースのVBIEDが見られたが、この時は空いたスペースに大きな積載物(注:爆発物)を搭載できるようにするために砲塔が撤去されている。
その結果として戦車にもたらされた低車高は、飛来してくるRPGを回避し、VBIEDが目標を達成する確率を向上させることにも好都合だ。
同車の爆発はここで見ることができる(3:26秒)。
上のBTR-50と同様に、このT-55ベースのVBIEDも「工廠」によって改修されたと考えられている。





これらの戦車ベースのVBIEDによって与えられた大規模な爆発と被害に関しては、プロパガンダ映像のシリーズ「神からの支援と差し迫った勝利」(クルアーン61:13)で最初のものが映し出された(5:24秒)。
目標に達する前に、このT-55に守備隊の1人によって発射されたRPGが実際に命中したが、装甲を貫通することに失敗した。
その時点で防御側の運命はすでに逃れられないものだったが(注:爆発の被害から避けられないということ)、装甲はVBIEDの成功の重要な要素であることが示されている。




2016年9月1日、ISはデリゾールで任務を果たす直前のイスティシュハーディーズ(自爆者:いわゆる殉教攻撃者)に関するいくつかの画像を公開した。
VBIEDとして使用されている車両の選択は、いくら控えめに言ってもデリゾールの装甲戦力の現況を反映したものではなかった。
これには下の装甲強化型のT-62 VBIEDが含まれ、アブ・アル・ハリス・アル・アンサリによって目標に突入した。





最初のZSU-23-4ベースのVBIEDはアブ・ヤママ・アル・アンサリによって使用された。
これによって生じた爆発は下の画像で見ることができる。
同車に装備されたスラットアーマーの支持部は、BMP-1の一部に見られる配置と同様に見える。
VBIEDへの改修中に装備していた4門の23mm機関砲は取り外された可能性が非常に高いが、RPK-2 「トボル」レーダーはまだ搭載されていたので機能していたと見られる。





以前に鹵獲された2P25輸送起立発射機(TEL)はデリゾール周辺における2K12地対空ミサイル(SAM)の基地に所属していた車輌のうちの一つであり、これもVBIEDとして使用された。
上記のZSU-23-4と同様に、2P25をVBIEDとして使用されたことは、SAMシステムがこのような任務に初めて使用されたケースとなる。
この2P25の操縦手はシリア・ハラブ州(アレッポ)のアブ・オマール・アル・ハラビだった。



ISがアイヤッシュ兵器庫を制圧した後に捕獲された2台のBREM-2装甲回収車(ARV)のうちの少なくとも1台は、後にVBIEDとして使用された。
この改修はどこか他の場所で使用される機会があったかもしれない、BREM-2のクレーンを撤去したにすぎなかった。
ISはこれらの車両を本来の用途で使用していないし、シリア軍でさえZPU-4 14.5mm機関砲M-1939 37mm対空機関砲を搭載した武装車両に改修している。
BREM-2がいかなる主力戦車(MBT)も牽引することができず、十分なVT-55KSBREM-1 ARVを保有しているため、BREM-2はシリアにおける武装車両としての運命が事実上決定された。






ハイル州のVBIEDの外見は既に奇怪だが、デリゾールとその周辺におけるいくつかの装甲強化型テクニカルは真に恐ろしいと言える。
これらの車両には前面と側面の周りに鉄板が継ぎ合わさって装備されており、時には前方にスラット・アーマーが取り付けられている車両もある。
このような車両はハイル州の工廠ではなく、ISの大隊自身によって作られた可能性が高い。


ISによる多くのDIYプロジェクトの発祥地であるデリゾールの掌握を巡って、シリア軍とISの間で争いが続けられている。
現時点(注:2017年3月)では、どちらの勢力も現在のところお互いに撃破することができず、今では全ての目がシリア北部からゆっくりとデリゾール市に前進しているシリア民主軍(SDF)に照準を合わせている。

SDFによるこの地域へのさらなる攻撃は、ISに兵力を市街地からその地域の防衛に割くことになるので、最終的には政府勢力がデリゾールを獲得することになるだろう。

あるいは、親アサド勢力がタドムルの最近の成功(注:奪回)の勢いをアル・スナスフへの攻撃の拠点とデリゾール奪回に利用して、長期的に見れば同じ結果をもたらすかもしれない。

それまでは、デリゾールの戦場にますます洗練されたDIYプロジェクトが必ず出現し、シリア内戦の典型となった広大な非対称戦を絶え間なく拡大させていくだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年3月11日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。   

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