2017年6月30日金曜日

シリア軍の再武装:ロシアが供与したBMP-2と2S9が到着した



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

今年初めにT-62MBMP-1をシリア軍に初めて引き渡した後にシリアから出てきた新たな画像は、より多くの種類のAFVが最近になってロシアの「シリア急行」に積載されてシリアへ送られたことを明らかにした。
これらの新たな供与は、現在、ホムス東部でシリア軍のイスラミック・ステート(IS)に対する大躍進をもたらしている。
新たに引き渡されたAFVはISへの反撃のために、最終的にそこへ配備される可能性が高いだろう。

大量の武器や車両の引渡しは、現在シリア各地で活動している多くの民兵組織のいくつかを編入した統一軍を創設する計画を含んだ、シリア軍(SAA:Syrian Arab Army)の事実上の再建の一環だ。
このプロセスを背後で支える原動力は新たに設立された第5軍団であり、同軍団は過去6年の間にSAAの役割を奪ってきた、前述の民兵組織の増大する力に対抗する役割を果たす。

SAAの復権におけるロシアの役割に従って、この新生の軍隊への訓練と装備を担当するのもまたロシアだ。
これによって、シリアはすぐに追加のT-72T-90、さらにはBMP-3でさえ受け取るものと思わせたが(これらの全てが現時点におけるSAAの機甲戦力を構成するAFVより高度なものだ)、今までの供与ではそのほとんどがロシア軍で既に運用されていない、もはや必要とされていない旧式の兵器だった。

それにもかかわらず、これらの供与された車両と兵器の多くは、シリアの一部を支配するべく戦う多数の勢力に対する今日の作戦行動において、SAAにとって理想的に適合している。
小火器や大量のウラルGAZKamAZUAZのトラックとジープの供与に加えて、他では今までのところ、T-62MとBMP-1(P)、 M-1938(M-30)122mm榴弾砲がもたらされており、現在ではBMP-2歩兵戦闘車と2S9 120mm自走迫撃砲も含まれている。

第5軍団に対する以前の供与では、BMP-1や第二次世界大戦時の122mm M-30榴弾砲のような高度ではない装備だったことから、BMP-2と2S9といった装備の供与は関心を引く。
現在、より高度な装備がシリアに到着しているという事実は、ロシアが再軍備計画を成功と判断している証拠かもしれない。
また、内戦がシリア政府に有利に展開し続けるにつれて、より高度な装備の供与を潜在的に強化する可能性がある。

内戦の画像や映像においてBMP-2の存在が相対的に稀にもかかわらず、シリアの戦場では間違いなく見知らぬAFVではない。
実際、シリアは80年代後半に導入した約100台にわたるBMP-2の残存車両を継続して運用しており、そのほとんどがダマスカス周辺で作戦を展開する共和国防衛隊に配備されている。
1980年代から既に運用中のBMP-2に加え、少数のBMP-2がタドムル近郊の作戦に参加するため、2015年にT-72BとBMP-1と共にロシアから供与された。
これらのBMP-2のうち少なくとも1台、おそらくは2台がその後にここで破壊された。

現在供与されている車両は、ダークグリーンの迷彩塗装によって既にシリアで運用されているBMP-2(注:デザートイエロー色)と簡単に識別することができるが、何よりもBMP-2 1984年型とそれ以降の派生型のみに存在する、砲塔に装備された対放射線防護用装甲がある点で可能だ。
シリアが80年代後半に受領したBMP-2は旧式の1980年型であり、そのような対放射線防護用装甲および他の漸進的な改良が欠けている。

BMP-2は、1970年代に導入されて以来、SAAの主力IFVとして役立ってきたBMP-1の能力を大幅に向上させたものだ。
本来、ヨーロッパの平野で使用するために設計されたBMP-1の武装は、歩兵を支援するためには不十分であることと、重装甲のAFVを相手にする能力がないことがすぐにわかった。
さらに、BMP-1の薄い装甲や主砲が仰角をとれない点と移動中に正確に発射できない点が、同車を今日の紛争での使用においては痛ましいほど時代遅れなものにしている。

BMP-1から学んだ教訓の多くを取り入れて、BMP-2はこれらの深刻な欠点のいくつかを取り除いた。
最も明白なのは、2A28 73mm低圧砲を歩兵の支援と仰角を高くとることができるおかげで高所にある敵の位置を抑えることに非常に適した、速射可能な 2A42 30mm機関砲へ交換した点だ。
BMP-2には、BMP-1の扱いにくく、使用されることがほとんどなかった9M14 マリュートカとは対照的に、9M113コンクールス対戦車ミサイル(ATGM)の発射機が装備されている。

2S9の供与も、以前にこの車両が、今まで自走迫撃砲を運用していなかったSAAに就役したことが無かったために注目に値する。
2S9は、通常の砲弾では約8キロメートルの距離を、ロケット補助推進弾では12キロ以上の距離に砲弾を投射することができる後装式の2A60 120mm迫撃砲を武装している。
2S9のために誘導砲弾も開発されたが、シリアに配備されている可能性は低い。

SAAは砲撃支援のために数種類の牽引式野戦砲に加えて、2S1 122mm自走榴弾砲とBM-21 122mmMRLを大量に運用し続けているが、2S9は仰角を高くとることができるため、現在、政権軍がホムス東部で直面している山や尾根で防備を固めるISの陣地に対する戦闘には最適だ。
すぐに2S9が空中投下可能だということに気付く人もいるが、このような方法でデリゾールに送られることはほとんどありそうにない。
2S9がSAAで運用に入るその種(自走迫撃砲)の最初のタイプであるため、おそらく乗員は最初にこの車両で訓練しなければならないだろうし(注:完熟訓練)、BMP-2も同様といえる(より少ない訓練で済むだろうが)。
結果として、彼らが最前線に姿を見せるまでにはある程度時間がかかるかもしれない。

現在、政府軍が主にISに対して大躍進しているため、ロシアはシリア政府への支援を熱心に維持し続けると思われ、これまでに果てしなく続くように思われた紛争の中で、その投資をさらに強化していくだろう。
シリアにとって、これらの車両が現実に供与されることは、それが意味する傾向よりもはるかに重要の度合いが低い可能性がある(注:たとえ何であろうとロシアがシリアを支援することを意味しているため、その「流れ」はこうしたAFVの供与自体よりもさらに重要ということ)。
基本的にSAAのストックを無限に補給することができ、経済的苦難にもかかわらず、SAAをまとまりのある軍隊としての回帰をもたらすため必要とされる金額を支払う意思がある同盟国のおかげで、SAAの最終的な勝利は、将来の紛争の推移において全く予期しない紆余曲折をはばむものと思われる。  
いかなる場合でも、現在の情勢の進展は、シリアで争っている軍隊や勢力の間に戦略的均衡に作用することが確実であり、シリア内戦の最終的な結果に広範囲にわたって影響をもたらす可能性がある。

特別協力: Wael Al Hussaini(注:元記事への協力であり、本件編訳とは無関係です)。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年6月15日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。  
       正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2017年6月23日金曜日

秘密裏の飛行:シリアにおける「特殊用途」のMi-17


著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

シリア・アラブ空軍(SyAAF)のMi-8/17「ヒップ」飛行隊は、シリア内戦における空中戦力の活用を明らかにした、一般的に樽爆弾と呼ばれる爆弾の投下によるシリア各地の民間人居住地区に対する無差別爆撃の主役として、(おそらく)最もよく知られている。
これまでのところ、即席の簡易爆撃機という役割はシリアのMi-8/17の主要な任務の1つのままであるが、過去6年にわたる過酷な戦いの間にMi-8/17飛行隊が遂行したその他の任務はひどく過小報告されている。

おそらく、ヒップ飛行隊の最も重要な役割は、時には数年に及んで完全に陸路が遮断されたシリア政府の支配地域とシリア各地の包囲されたシリア軍守備隊との間を繋ぐライフラインを象徴したことだろう。
Mi-8/17は輸送機とは対照的に、地上に増援を直接送り込んだり、負傷者を病院に運ぶことができた。
実際、デリゾール空港が戦場には近すぎるとして、増援部隊の輸送や民間人や怪我人を避難させるために、デリゾールの都市は今やシリア軍のMi-8/17飛行隊に完全に依存している。

輸送ヘリコプターや即席の爆撃機としての役割に加えて、シリアのMi-8/17の数機が、依然としてほとんど知られていない任務のためにアップグレードされていた。
これらのヘリコプターのいくつかが新しい形態で運用を続けるのかは不明瞭であり、これらが興味を惹く事柄を象徴すると同時にSyAAFでほとんど語られることのないものだが、この記事の対象となるだろうことは間違いない。

シリアのアップグレードされたMi-17について詳しく説明する前に、1982年にレバノン内戦の主要な時期が終了した直後、1980年代初頭の時点で最初の「特殊用途」のヒップがすでにシリアに到着していたことに言及することには興味深いものがある。
イスラエルが電子戦での優位性を十分に活用していたレバノン上空の空中戦で、SyAAFとシリア・アラブ防空軍(SyAADF)はイスラエル空軍に深刻な損失を被った。
シリアがその時点で運用していた装備では同様の方法(電子戦)で対応できないため、ハーフィズ・アル=アサド大統領はソ連に援助を要求した。

Mi-8電子戦型の試験投入を切望していたソ連は、その後、最大で8機のMi-8PPA、Mi-8MTP / U、Mi-8SMVをシリアに配備し、T4空軍基地を拠点を置いてイスラエルが占領していたゴラン高原の近くに位置するメッゼ空軍基地へ定期的に派遣した。
これらのヘリコプターには、敵の地対空ミサイルシステム(SAM)の誘導レーダーを妨害する任務が与えられており、80年代終わりにソ連へ撤収する前の平時にイスラエル軍のMIM-23「ホーク」のSAMサイトに対抗したかもしれない。
これらはソ連へ戻った後、最終的にヘリコプターのスクラップ置き場に行き着いた




話題を、SyAAFのMi-8とMi-17の大部分がオリジナルの形態で運用され続けているシリアに戻してみると、これらは後部ドアを取り外して、いわゆる樽爆弾(現在の基準では、実際には樽とはほとんど関係の無いより洗練されたデザインである)を簡単に搭載したり投下することができるようになっている。
SyAAFのMi-8/17のいくつかが改修されたという事実は、十数機のMi-8/17とMi-25が失われるという結果をもたらした、2013年1月11日のタフタナズ空軍基地の陥落直後に初めて示唆された。  

タフタナズ基地は、2012年11月25日にマルジュ・スルタンヘリポートの陥落に続いて反政府軍によって制圧された2番目のヘリポートだった。
ここにあるヘリコプターのいくつかを瀬戸際で退避させるための必死の努力をしたにもかかわらず、タフタナズの喪失はSyAAFへの最初の大きな打撃を意味した。
結果として現在運用状態にある機体とほぼ同じくらいの数の多くのMi-8/17を失ったのだ。

ここで鹵獲された機体を注意深く調査すると、Mi-17の胴体の下にEOシステムが追加されたことが判明した。
後のタフタナズからの映像には、取り外された電気光学(EO)システムと関連するコントロールパネルも映されている。
メッゼ空軍基地で2013年に撮影された別の画像は、コックピットの各側面を防護する装甲板について、よく見える最初の姿を私たちにもたらした。
興味深いことに、この乗組員の生存率を増加させることを目的とした比較的簡単な改修は、少数のヘリコプターにしか施されてされていなかった。

これらのアップグレードされたヘリコプターは、6年以上に及ぶ内戦中に散発的にしか目撃されなかったため、おそらく少数のMi-17が内戦の勃発前にこの新しい規格へ改修されたものと考えられる。
この改修型のMi-17と他の非改修型機を識別することは、この例で目撃されたように依然として困難であり続けている。
このMi-17をSyAAFのヘリコプター部隊で使用されている通常型のMi-17の1機と見間違えやすいかもしれないが、見づらい操縦席の装甲板とEOタレットの存在は、それを改修型の例の1つとして識別することに役に立つ。

すでにシリアのMi-17には、胴体の両側にロケット弾ポッド、爆弾、または上の画像のケースと同様に23mm機関砲のUPK-23ガンポッドの搭載を可能にする各3つのハードポイントが標準装備されているが、EOシステムの追加は目標の捕捉および脅威の識別において、このヘリコプターの能力を大幅に高めるだろう。
同様に、操縦席の周辺に増設された装甲板はヘリコプターの乗員の生存率を高めることから、シリアにおける対空兵器の恵まれた環境ではありがたい追加である。

これらの改修は、SyAAFのMi-8/17のほぼすべてに搭載されている固有装備のチャフ/フレア発射機の設計と製造を担当している、ナイラブ空軍基地 / アレッポ国際空港に所在するSyAAFの修理および整備施設である「The Factory」によって実施された可能性が高い。
装甲板と下の画像で詳細に見られるEOシステムは、ヘリコプターで同様の改修をしたイランから入手されたものとみられている(注:イランはベル214AやAH-1J「トゥーファンⅡ」にEO/IRセンサーのタレットを搭載した改修をしているので、これはそれを指しているかもしれない)。



他の特殊なMi-17が、戦争で荒廃した国のいたる所へ非常に重要な人物(VIP)を輸送するといった、命取りにはならない比較的安全な任務のために使用されている。
道路を使用してシリアの端から他への移動がその間に不可能になったり(注:戦況などによる遮断)、全国への急速な展開を可能にするには時間がかかりすぎているとして、「虎」ことスハイル・アル・ハッサン少将は、今日では、彼が長距離を迅速に通過できるようにVIP輸送機として配置されたMi-17を利用している。

SyAAFはすでに、VIP輸送のために数機のMi-8P(通常のMi-8/17にみられる円形の窓の代わりに長方形または正方形の窓があるため識別が可能)を運用していたが、シリア内戦の勃発以前に既にこれらを退役させてしまった。
バッシャール・アル=アサド大統領は、彼自身が所有する2機のVIP用ヘリコプターを利用している。
このヘリコプターについては、後日に彼専用の他の輸送機と一緒に別の記事で扱う予定です。











前記のヘリコプターの任務は比較的単純なもの(注:VIP輸送)である点に対して、SyAAFは詳細不明の任務のために改修された、少なくとも2機のMi-17も運用している。
そのMi-17は2012年7月に実施されたSyAAFの大規模な演習で最初に目撃されており、同機には胴体の両側に2基の奇妙な形状のコンテナが装備されていた。

これらのコンテナが、携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)に対するアクティブ防護システムの部分かもしれないという主張がいくつかみられた。
しかし、このヘリコプターは既に内戦でMANPADSの脅威を受ける前にかなり目撃されており、SyAAFがこれらの装置のために6つのハードポイントを犠牲にすることは考えにくい。
この時点における著者の最も有力な予想としては、これらのコンテナがパノラマ式の観測システムとして使用されるものと考えるが、異なる目的で使用される可能性もあるので確かだとはいえない。
このヘリコプターは記事のヘッダー画像でも見ることが可能で、同機はメッゼ空軍基地でEOシステムと装甲板が追加されたMi-17の背後に駐機している。


ほぼ間違いなくSyAAFで運用されたヘリコプターの中で最も興味深い改修は、最も謎めいたものだ。
その計画が中止される前にたった1機のMi-17が新しい任務用に改修されたと考えられ、その後、同機は元の状態に戻された。
このMi-17 「2981番機」はたったの一度しか見られていない。
シリア軍の参謀総長アリー・アブドゥッラー・アイユーブ大将が、2015年7月にブレイ空軍基地を訪れて視察した際のことだ。

このヘリコプターは、シリアで運用されている他のMi-8/17では見られていない、新たに施された迷彩パターンのために際立っていた。
さらに、胴体の右側にある緑色の四角形の窓も興味を引くが、同機が新しい迷彩パターンを得た後のある時点で塞がれたように思われる。
この改修の特質についての探究は、このヘリコプターが側面の開口部にGShG-7.62 7.62mmまたはYak-B 12.7mmガトリング式重機関銃を格納した、遠隔武器ステーション(RWS)のテストベッド機だった可能性を明らかにした。
そのような方法でSyAAFのMi-8/17が武装した唯一の事例としては、2012年に数機のヘリコプターが備え付けられたDShK 12.7 mm重機関銃をヘリの後部から射撃したと考えられていたものが挙げられる。




シリア内戦は6年目に入ったが、SyAAFのMi-8/17「ヒップ」飛行隊は政府軍による航空作戦の第一線にとどまっている。
これらのヘリコプターが即席の簡易爆撃機としての有効性が問われる可能性があるが、「ヒップ」はよく知られているとおり、信頼できる馬車馬だということを再度証明した。 
運用可能な機体の数は減少し続けているが、ちょうど15機の機体はいつでも作戦可能な状態にあると考えられている。、
Mi-8/17の融通性と多機能性は、これらが最後の最後まで使用され続けるだろうことを確実なものにし、おそらくこの内戦よりもっと長生きするだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年6月8日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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プローブアンドドローグ:リビアの不運な空中給油機導入計画の話

2017年6月16日金曜日

プローブアンドドローグ:リビアの不運な空中給油機導入計画の話




著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

リビアの空中給油機導入計画は開始された80年代後半からほとんど伝えられておらず、最終的に計画の放棄につながった一連の妨げに苦しめられた。
それにもかかわらず、この野心的な計画は確実にその痕跡をリビア空軍に残しており、かつてこの計画で重要な役割を果たしていた機体は、現在の国内における治安情勢がますます悪化している状況の中で、いまだに飛行している。

以前のLAAF(リビア・アラブ空軍)はここ数年で2つに分離しており、それぞれがさまざな種類の戦闘機やヘリコプターを運用している(注:リビア空軍とリビア・ドーン空軍)。
統一政府はリビアの新政権としての役目を務めることになっているが、国内の分裂はいくつかの敵対勢力の間で、事実上継続している。
かつてはリビアの正当に承認されていない議会に忠実だった「リビアの夜明け運動(注:リビア・ドーン)」と国際的に承認されたリビアの政府のために戦っているリビア軍(LNA)は、共に最強の勢力だ。

両者は主にイスラミック・ステートのようなイスラーム過激主義との戦いに集中しているが、双方の間での散発的な衝突や爆撃はますます増加し続けている。
これはムアンマル・アル=カッザーフィー体制の崩壊後に続いた混乱の不幸な結果であり、主にリビア側の権力欲とNATO側の支援不足が原因だ。
後者はカッザーフィーの失脚に重要な役割を果たしたが、リビアが自身で機能する民主主義に発展させるための手助けとして不十分な支援しか与えなかった。

限られた数の運用可能な機体が2つの空軍に分けられたために、リビアの夜明け運動とLNAの両方は、比較的少数の努力か他の機体からの共食い整備によって運用できる航空機を獲得するために分裂した国内を探し回った。
以前に放棄されたと考えられていた航空機は、現在では運用可能な状態に修復され再利用されている。
ほとんどのリビアの航空基地で機密の装備を撮影した場合、リビアの緩い規則のためにこれらの画像が定期的にリークされている。
この独特の状況は、今日まで多くの人々に知られていないままであった、リビアの不運な空中給油機導入計画をレビューするための理想的な映像をもたらした。




リビアの広い面積が、頻繁な途中降機や飛行場を目標に近い前方へ展開させることなく、航空機が長距離を飛行して目標に到達することを可能にする空中給油機を望まれる貴重な装備にした。  
これについては、チャドとウガンダに展開されたリビア軍を支援するため、もしくは単に報復行動としてリビア軍機が頻繁にチャドやスーダン、さらにタンザニアの目標を攻撃していたカッザーフィー時代が特にそのようにいえた。
チャドにおけるリビアの暗闘の期間は、チャド軍だけでなく国内の代理勢力やリビアと敵対するイッセン・ハブレを支援するために、同国に展開したフランス軍とも対峙したリビア空軍(LAAF)にとって決定的な時期とみることができる。   
ほとんどのリビアの飛行場は北部に位置していたため、LAAFは空軍機をリビア南部またはチャド北部に前進配置させた。
しかし、この両方の場所は、フランス空軍とチャド軍の襲撃によって攻撃に対して極端に脆弱だということが判明した。
フランス軍機はリビア南部のメーテン・アル・スッラ基地を奇襲した上、チャド内に建設したワディ・ドゥーン基地を襲撃し、リビア側に深刻な損失をもたらしたのだ。

リビアの空中給油機を入手するという決定において、チャドで得た経験と世界的な潮流への関心が決定的な要因となった可能性がある(注:他国が空中給油機を使用し始めたことを見て、リビアも導入するという着想を得た可能性があるということ)。

1980年代半ばの時点では、既にソ連のIL-78が生産されていたが、リビアはその代わりに自国の空中給油機導入計画を始動するための援助を受けるべく、イラクと同様に西側へ目を向けた。
この決定の理由は不明のままだが、この当時、リビアがIL-78の導入を(ソ連から)認められていなかった可能性がある。




1987年、リビアは自身で空中給油機導入計画を開始するために、西ドイツの企業である「インテック・テクニカル・トレード・ウント・ロジスティック(ITTL)」と契約した。
リビアは西側諸国の前に立ちはだかる宿敵であるにもかかわらず、軍事関連のものを含めたあらゆる種類の取引で西側の企業と契約することを問題としなかった。
契約を結んでいた機器を提供する西側の企業もリビアの石油資源から利益を得ることに意欲的であり、リビアのために仕事をすること関して全く問題なかった。
興味深いことに、ITTLは手始めに独自の空中給油(IFR)用プローブの設計に加え、フランスからプローブの入手を開始し、後にそのプローブは少なくとも3機のMiG-23BNと1機のMiG-23UBに搭載された。

MiG-23MSでの過酷な経験があった上にMiG-23BNでまた同じような問題に遭遇するにもかかわらず、MiG-23BNはリビアの運用で頑丈さと兵装のペイロードのおかげで貴重な戦力となった(注:MiG-23MSは質や能力が低くい上に飛行が難しかったため、結果として多くの機体やパイロットが失われた。LAAFにとってはまさに悪夢そのものであった)。
その結果として、戦闘行動半径を拡大するために、IFR用のプローブを特別にMiG-23BNへ搭載するという決定は当然といえた。
MiG-23BNにIFR用プローブを追加することに加えて、本計画においてLAAFは、これまでににフランスから導入した16機のミラージュF.1ADの残存機にも期待することができた。
ミラージュF.1ADは間違いなくリビアが保有する戦闘機のなかで最も有能なものであり、既に空中給油能力が付与されていた。

ITTLは同時に2機の航空機へ給油することを可能にするために、LAAFのC-130の1機の両翼の下に空中給油ポッドを搭載することによって、同機を空中給油機に改修作業を進めた。
不運なことに、C-130は、MiG-23に給油しようとするとする場合においてこの任務に適していないということが判明した。
何故ならば、MiG-23はその比較的遅い巡航速度に適応することができなかったからだ。
ミラージュF.1ADはC-130からの空中給油が可能だったが、この時点でリビアは、既にはるかに適切なプラットフォームを運用していた――IL-76である。

したがって、(事実上LAAFの一部である)リビアンエアカーゴのIl-76TD「5A-DNP」は、空中給油機の役割を付与するためにITTLの技術者によって改造された。
彼らの尽力にもかかわらず、ITTLはリビアの空中給油機導入計画への関与が公になった際に、リビアでの作業の打ち切りを余儀なくされた。
彼らの撤退がこの野心的な計画の終わりを最終的に告げた一方で、リビアは自身でこの計画を数年間は継続し、結局は90年代半ばに終了したと考えられている。
興味深いことに、この計画の映像は記録されており、オンラインで観ることができる


ITTLが空中給油機化計画の作業を開始したのとほぼ同時期に、リビアはTu-22爆撃機を6機のIL-78空中給油機とそれによって支援される最大で36機のSu-24MKへと置き換えるためにソ連と交渉に入った。
このSu-24とIL-78の組み合わせはLAAFの遠くまで及ぶ戦力としての機能を果たし、この役割においてTu-22と置き換わった。
Tu-22はアル・ジュフラにある基地から長距離を飛行することができたが、80年代後半には運用が終わりに近づいたために、これらを置き換えなければならなかった。

Su-24MKは、Tu-22に欠けていた能力であった精密な打撃を可能にする多様な空対地ミサイルと誘導爆弾を装備することができた。
実際、タンザニアの目標に対する爆撃ソーティを実施した際、リビアのTu-22の乗組員は目標を外しただけでなく国自体も外れ、それどころか爆弾がブルンジの国境を越えて着弾したということがあった!
リビアにとって残念なことに、支払いに関する意見の不一致と1992年から発動された国連の武器禁輸措置がLAAFに対し必要な量の航空機を受け取ることを妨げ、結局は6機のSu-24MKと1機のIL-78だけがリビアにたどり着いた(注:リビアがどのようにSu-24MKの代金を支払わなければならないかという点について、ソ連はリビアに事前に50%の支払いを求めていたが、リビアはそれを拒否したため満足な取引に達しなかった

しかしながら、1989年か1990年の運用開始以来、この唯一のIL-78が空中給油の用途で使用されたのかは不明のままであり、生涯のほとんどを貨物機として過ごしてきたことが確かであるにもかかわらず、同機には依然として3基のUPAZ空中給油ポッドが装備されている。
IL-78は2004年と2005年の間にロシアのスタラヤ・ルーサの123ARZ修理工場で修理された後、2005年4月初めにモスクワにあるシェレメーチエヴォ国際空港(IAP)に着陸する、民間のジャマーヒリーヤ・エア・トランスポート(リビアンエアカーゴ)のロゴを付けた姿が初めて目撃された。




その極めて稀な目撃のおかげで、Il-78は今までにリビア空軍に就役したことのない、最もキャッチしにくい飛行機となっている。
その生涯を通して少ししか目撃されていなかったこの飛行機は、カッザーフィー大佐の追放という結果をもたらしたリビア内戦の終結後にはさらに目撃が難しくなった。
リビア唯一のIl-78はアル・ジュフラ基地に駐機されたまま残されており、2015年後半にミスラタ空軍基地に再び現れてこの不運な機体が再運用に入ったことを確認される前には、既に放棄されたと考えられていた。

IL-78はその存在理由である高度な能力を捨て、貨物機としてその短い生涯を送り続けている。
新しい運用者に応じて、英語とアラビア語で描かれたカッザーフィー時代のジャマーヒリーヤの文字が塗りつぶされ、新しいリビアの旗が「ジャマーヒリーヤ・グリーン」の上に描かれた。
同機はその窓に酷使された跡があり、風防は交換されている可能性が高い(注:機首側面や下部の航法士席窓が劣化や損傷により透明度を失っている)。



リビアにおける内戦が停戦の見込みが無いまま続くにつれて、(放棄されたり、旧式である)装備は、リビアとその資源を支配するために戦っている勢力が保有する兵器のストックを増強するために、運用状態へと戻されていく。
とっくの昔にいなくなった、多国間にわたるソーティーを行う能力があるプロフェッショナルな空軍を支援することに特化した空中給油機部隊の夢はずっと以前に記憶から消えてしまっていたが、
リビアの空はこの過去の時代の残存機で騒々しいままであり、この計画で重要な役割を果たした飛行機は戦争の弱まることのない要求によって徐々に消耗されていくだろう。




特別協力:Tom Cooper from ACIG.(注:元記事への協力であり、本件編訳とは無関係です)。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年6月3日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

2017年6月8日木曜日

希少なAFV:スーダンのAFV修理施設内部の光景



著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

1956年にイギリスから独立して以来、様々な供給元の影響のために軍隊で使用されている装備の種類に関して言えば、スーダンは間違いなく最も興味を引く国の一つだ。
スーダンは、最初はエジプトとイギリスによって訓練と装備を受けていたが、それから大量のソ連製装備を受け取り始め、その後に中国の武器援助が続いた。
近年では、スーダンは、ベラルーシ、ウクライナやロシアなどの国々から多数の兵器を購入しており、現在、これらの国は中国やイランとともにスーダンへの武器供給をする主要な国となっている。

スーダンは既に挙げられた国に加えて、ドイツ、リビア、チェコスロバキア、フランス、アメリカ、サウジアラビア、東欧諸国、そしてもちろん北朝鮮といった国からも兵器の供給を受けたことがある。
こうした多様なAFV群を運用することはまさに兵站面での悪夢にほかならず、スーダンに存在する先述した国々のうちの幾つかから派遣された専門家が、いつでもこれらの車輌の維持を支援している。  
この状況を改善するために、スーダンはAFV修理工場とエルシャヒード・イブラヒーム・シャムス・エル・ディーン複合体を設立しており、後者は幾つかの種類のAFVの製造にも関わっている。

このAFV修理工場は完全に主力戦車、歩兵戦闘車(IFV)、装甲兵員輸送車(APC)の修理に特化しており、スーダン軍の管轄下にある。
これは、エルシャヒード・イブラヒーム・シャムス・エル・ディーン複合体がMIC(Military Industry Corporation)の一部である点とは反対である。
このAFV修理工場はハルツーム(首都)の中心に位置しており、そのような施設を設けるにしては間違いなく興味深い場所である。




様々な荒廃状態にある、多数のAFVが散乱している施設の現状を確認してみると、スーダン人の要員がいるだけではなく、数人の東欧の人間もソビエト時代のAFVの維持と分解整備を支援している。
この記事にある画像のほとんどはそのようなアドバイザーからのものであり、その多くはスーダン滞在中に彼らの作業を撮影したものだ。
このある人物は以前にはウガンダとイエメンで勤務しており、ここでも同様に人材育成の支援をしている。





著しく損傷したT-72AVは、スーダンではアル・ズバイル-1としても知られており、破壊された2A46 125mm砲の修理を待っているか、あるいはスペアパーツ用として使用されている。
スーダンは、今までにこれらの戦車を世界中の国、多くはアフリカに供給していたウクライナから最後の在庫にあったT-72AVを購入した。
スーダンのT-72AV購入は、南スーダンがその数年前に大量のT-72AVを購入していたために注目に値する。
この取引はケニア経由で手配されたものであり、33台のT-72AVを積載した南スーダンへ向かう貨物船「ファイナ」が海賊によって乗っ取られたために、国際的な議論の原因となった。

ウクライナのインストラクターが、南スーダンの兵士にT-72AVを運用させる訓練の担当になった一方で、残りのT-72AVをスーダンに売ることは問題がなかったように思われる。
スーダンはSPLA-N(スーダン人民解放軍/運動)に対抗するため、スーダン南部にこれらの戦車をすぐに配備した。
この取引は、スーダン軍と南スーダン軍との間で新たな戦闘が発生しそうな出来事の間に、両軍が互いに同一の迷彩が施されたT-72AVを配備するという特異な状況をもたらしており、それは戦場での混乱や場合によっては誤射に至ることがほぼ確実と思われる。




今でもなお新品状態にある非常に古いアルヴィス・サラディン装輪装甲車は、施設のメンテナンスホールの外で再塗装を控えている。
サラディンがいかに旧式であるにもかかわらず、いくつかの国は運用し続けており、インドネシアでさえ残っている車輌の改修を試みている。
スーダン軍がサラディンを運用し続けるのか、この残存している車輌をゲートガードとして展示するつもりなのかは不明だ。

変わった迷彩塗装をされた先と同一のサラディン装甲車は、本来の外観への認識を多少は低下させたと示すことができた。
少なくとも2台のサラディンが新しい塗装を施されている。
2台目の車輌は前部に深刻な損傷を受けているが、再塗装によって酷い姿の印象がさらに増している。



フェレット装輪装甲車はスーダンで運用されてきたもう一つのイギリス製の主要な装備であり、スーダン軍の兵士たちによって運用されていた最初のAFVの一つだ。
この車輌も再塗装されているが、砲塔のM1919軽機関銃が失われている。
この再塗装されたフェレットの前部タイヤの一つに深い亀裂が入っていることから、 もはや戦闘での使用を目的にしたものではない可能性がある。
一見して退役したように見える中国製の62式軽戦車の列を最初の画像で見ることができるが、そのうちの少数は現用に留まり続けている。




BMP-1は30mm機関砲を搭載した一人用砲塔「2A42 コブラ」への換装の改修を受け、通常は同車に搭載されている、既存の73mm低圧砲を装備した砲塔「2A28 グロム」を置き換えている。
このコブラはベラルーシとスロバキアの共同開発であり、スーダンは運用しているいくらかのBTR-70もこの砲塔に換装している。
この車両では、PKT 7.62mm同軸機銃が欠落している。
スーダンに僅かしかないBMP-2の一台を背景に見ることができる。
BMP-2は同様に少数のイランが設計した、同車のコピーであるボラーク装甲歩兵戦闘車(AICV)と一緒に運用されている。




背景にBMP-2、中国製WZ-551APC、59D式戦車と2台のイラン製サフィール74、Type-72z、T-72Zまたは「シャブディズ」戦車といった他の車両が寄せ集められている中に、フランス製のパナールM3 APCが見える。  
このパナールM3は20mm機関砲が取り外されており、いつか再び運用されることは見込めない。
同様に、フランス製AML-90も同じ運命に陥っているとみられている。


スーダンは非常に多様なBTRの派生型を運用しているおり、その中でもBTR-70、ベラルーシによる改修型BTR-70、ウクライナによる改修型BTR-70/80ABTR-3が含まれている。
それに加えて、スーダン軍は中国のWZ-551とWZ-523 APCの大量のストックも有しており、70年代初めに引き渡されたチェコスロバキア製OT-64Aの残存しているものもある。
2番目の画像で、BTR-80の砲塔が車体に備え付ける状況を見ることが出来る。





MICがアミール2偵察車として売り出しているソビエトのBRDM-2は、まだ新品同様の状態だ。
BRDM-2の設計は60年代前半のものだが、スーダン軍は2000年代にベラルーシから追加の車両を受領し続けていたとみられており、それらは既に同軍で運用されているBRDM-2群に加わった。

アミール2は近ごろUAEで開催されたIDEX2017でも展示されており、MICが国際市場向けに新造したBRDM-2を売り出すと思わせた。
MICの分かりにくいマーケティング戦略にもかかわらず、アミール2は実際のところ、BRDM-2の運用を続ける国に向けた同車のアップグレード案だ。
このアップグレードでは、BRDM-2本来の140hp GAZ-41エンジンを210hpのいすゞ6HH1エンジンへの換装が見られ、機動性と燃費の向上を提案している。
いくつかのアフリカ諸国が老朽化しているBRDM-2の運用を続けているが、これらの国のいずれかが同車のアップグレードに関心を持つということはありそうもない。


修理施設のメンテナンスホールに3台のWZ-551がある。
WZ-551は、以前にMICによってシャリーフ2として売り出されていた。
MICが単にWZ-551を製品の一覧に記載していただけで実際に売り出していたのかは不明だが、これはスーダンでのWZ-551のオーバーホールに触れた可能性がある。
スーダンに届けられた別の中国製AFVであるWZ-523が、現在はシャリーフ2として売り出されていることが、混乱を増加させている。
しかし、この件については、MICがWZ-551とWZ-523の両方をオーバーホールできる可能性がある。









スーダン軍は、主にベラルーシ、ウクライナやロシアからストックされている中古AFVを入手しているが、限られた数のウクライナのBTR-3に加えて、ロシアのBTR-80Aも保有しており、そのうちの一台を下の画像で見ることができる。 また、その背景に一台のBRDM-2(またはアミール2)、BMP-1とT-72AVも見ることができる。
より興味深いことに、画像には退役したM60の列(注:画像左)が見えるが、そのうちのごく一部は依然としてスーダン軍で運用状態にあると考えられている。






この教場は、スーダン軍で運用されている様々なロシアのAPCとIFVの武装でいっぱいになっている。
BRDM-2, BTR-70とBTR-80用であるPKT 7.62mm同軸機銃付きのKPV 14.5mm重機関銃2門を左に見ることができ、さらにBTR-80AとBMP-2用の2A42/2A72 30mm機関砲2門を右に見ることができる。
また、BTR-80Aの砲手の訓練用に設けられた完全なBTR-80Aの砲塔モジュールが後ろに見えることにも注目したい。
ロシアの国旗は、スーダンの乗員の訓練におけるロシアの影響を疑う余地は無いことを暗示している。


 ※ この翻訳元の記事は、2017年5月31日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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2017年6月1日木曜日

自爆ドローンはイスラミック・ステートが放つ新たな脅威となるか?





著 Stijn Mitzer と Joost Oliemans (編訳:ぐう・たらお)

モスルでの戦いは旧市街地での最も困難な争奪が依然として続いており、イスラミック・ステート(IS)支配下の最大都市を巡る激しい戦闘が7ヶ月目に突入している。
ISは、多くのAFVや特殊部隊と航空支援を備えたより強力な相手に直面すると、イラク軍との戦闘で、都市の狭い通りでのVBIED(車両運搬式即席爆発装置)の大規模な使用を含む、この組織にとって既に特徴となった戦術を採用している。

実績のある武器や戦術の使用とは別に、モスルの戦いでは、都市環境とISの戦い方に完全に適合した、幾つかの「Made in Islamic State」の兵器システムが初公開された。 
ほぼ間違いなく最も適した例は、新型の対戦車ロケット及び兵器化されたドローンの配備であり、イラク軍が堅固に防備を固めたISから今までに都市の大部分を奪回したものの、この双方は使用が増加するにつれて広く公開されている。

モスルから出されたISの最新動画の公開は、武器製造と都市における無人航空機及び無人車両に関するISの成果をさらに詳述するだろう。  
クルアーンの第29章の第69節を参照して名づけられた動画「我ら自らその手を引いて正しい道を歩ませよう」は、以前には見られなかった幾つかの兵器システムの組み立てと配備を映している。

RPG、無反動砲、自家製対戦車ロケットランチャーの生産はすでに著しい発展を遂げているが、 自爆型UAVと思われるものの実戦デビューはなおさらそうであり、これは都市部におけるイラク軍に対する、「自殺ドローン(人命が関与していないという意味での、やや不適当な名前)」として一般的によく知られている。
この脅威は潜在力があるにもかかわらず、この動画では少ししか放送されていないものの、自殺ドローンの実戦デビューはこの新しいIS製武器の現時点における欠点を明らかにした。  




自爆型UAVは比較的新しいコンセプトであり、人間のオペレーターによるものか自律的に選択された目標を打撃する前に、この自爆機を標的空域へ飛行させることを必要とする。 
この方法には、事前に設定された標的に命中するようにプログラミングされた、従来の巡航ミサイルや誘導ロケットに比べていくつかの利点がある。
もし、自爆型UAVが適切な目標を発見できなかった場合、自爆させるか時には基地に戻ることさえできるため、運用において一層の柔軟性を可能にする。
シリアにおいて、ISは自爆型UAVを主にデリゾールの包囲された市街地にいる政府軍に対して何度か投入したと以前に報告されている。
しかし、問題になっているこのUAVが、単発のPG-7ロケット程のペイロードで政府側の地域に自ら突入することになっているのか、その代わりに実際にはこれらを投下するように設計されているのかは不明のままだ。
しかし、後者の方がより可能性が高いように思われる。

運用可能な自爆型UAVを配備したのは、ISが最初ではない。
事実、このような兵器は既にアゼルバイジャン、イエメン、イスラエル、米国が紛争で使用しており、後者はシリアにも配備している。
このような「カミカゼドローン」のもう一つの運用国は北朝鮮であり、現時点ではこの種の兵器に関して最大の運用者と推測されている。
もちろん、ISによって使用されている粗雑に組み立てられた奇妙な機械は、プロ級の兵器を生産する国々で使用されている現代的な兵器にはほとんど匹敵せず、その脅威に対処するには比較的困難だが、テロリストを都市の外へ排除しようとしているイラク軍への絶え間ない妨害を大幅に増大させる可能性を有している。

ISによる「自殺ドローン」と思われる生産は、2017年3月にISからの文書のリークで初めて示唆された。
これらの文書は、 空対地ミサイルとして使用される、20kgの爆薬を積載することが可能な多目的UAVの開発及び製造のための許可と財政支援を受けるため、チュニジアのドローン開発者であるアブ・ユスラ・アル・チュニジによる要求が詳細に記載されていた。
ISの文書の要約(日本語訳)は以下のとおり。

イスラミック・ステ-ト
ハラブ州
中央兵員局

(概要)

氏名: アブ・ユスラ・アルチュニジ 
年齢: 47
専門:飛行機及び航空学の分野で多少の知識を有し、動力用電気と電子工学を専攻。

関係者に対し、アバビル計画を提示する。
これは多目的UAVであり、以下の用途を含む。

1- 直径30kmにわたる地域の偵察
2- 20kg以上のペイロードを有する空対地ミサイルとして使用可能
3- 夜間または日中に1機以上のUAVを使用することで、敵の注意をそらすことに使用可能
4- 敵機の妨害

このプロジェクトには、以下の者から構成されるチームを必要とする:
- 電気機械の技術者
- ファイバーグラスの専門家
- CNCでの作業方法を知るAutoCADのエキスパート
- 金属工

このプロジェクトには約5,000USドルがかかり、完了に3ヶ月を要する。
私が研究開発の部門で働いていたときに携わっていた、試作機の写真を示す。
それのプロジェクトは、原因不明の理由で停止した。

アブ・ユスラ・アル・チュニジが、彼のアバビル計画を継続するために許可と財政支援を受けたのかは不明だが、 ISが公開した最新の動画で見られるドローンが、実際にアバビルである可能性は低いと思われる。
アブ・ユスラ・アル・チュニジは、シリアのハラブ州(アレッポ県)におけるドローン開発の許可と財政支援だけではなく20kg以上の爆発物を想定したペイロードも要求したが、これはモスルで見られたドローンに搭載するには重すぎるようだ。



ISが公開した動画では、ドローンの飛行(動画の8分43秒付近) はかすかに映されているだけであるが、ドローンの操作に関する興味深い詳細な描写を見せている。
(ところどころダクトテープで結合された)金属フレームをベースにしたこのドローンは、ISによって生産された最大のものであり、 これまでには主にクアッドコプター、スカイウォーカーや様々な旧来のドローンが使用されている。
ISは、何度か兵器化されたスカイウォーカーを見せてきたが、そのような改造型(自爆型)は作戦上使用されないと考えられる。

映像では、このドローンの操縦者が左側に立っている状況が映し出されており、コントローラーを手にしている。
この操縦者はドローンを空中に発進させる担当だっただけで、その後このラジコンが、内蔵カメラによって同機の飛行経路の画面を見ることができる別の操縦者へ引き継がれた可能性がある。
動画では、中身が半分ほど入った燃料タンク(注:機体中央部の透明なタンク)が見える、ドローンのはっきりとした姿が映し出されたにもかかわらず、搭載しているべき物の姿を見ることはできない。
それが当時非武装であったのか、もしかすると搭載物がエンジンの付近に取り付けられていたことを意味するのかどうか、そのために発見するのが困難であるのかは不確かだ。

ドローンからの画面は、同機がM1エイブラムス戦車を含むイラク陸軍の車両と兵士の集結ポイントに向かって降下する前に、時速約110kmの速度でそれまでに約10分飛行した旨を表示している。
興味深いことに、この映像はドローンが突入する直前にカットされている。
それは搭載物(爆薬)が爆発したことを暗示しているが、実際には、もっぱら最後の瞬間に機体を急転換させたか、何も搭載しない状態で単純に墜落した可能性もある。
後者の場合、このドローンの目的は使用可能な兵器を実際に兵士に与えたというより、運用試験やプロパガンダでの使用をねらいとしてしていたかもしれない。



今日の世界で見られるドローンの急増によって、爆発物の輸送プラットホームとして無人航空機(UAV) を使用して西側の地域を攻撃するという状況が、真剣に受け止められるべき脅威となっている。
(自作ドローンの)粗雑で明らかに急造である特徴は、ISのような勢力のための遠隔制御兵器がどんどん開発され易いこの時代においては、このような非対称戦術から軍隊を防護することがますます困難になるだろうという事実を和らげることにはならない。





自爆型UAVでイラク軍を攻撃するこの試みは成功する可能性が低いが、その手法がいつか世界中における同様の紛争で、幅広く効果的に使用される戦術となる可能性があるという脅威が増大している。
イラクにおけるISの時代は徐々に終わりが近づいているが、シリアではより多くの驚きが待ち受けているのは確実であり、この紛争は予測不可能な方法で展開を継続し、将来戦われる戦争の手法に彼らの強い影響を与えることは間違いないだろう。

 ※ この翻訳元の記事は、2017年4月25日に投稿されたものです。
   当記事は意訳などにより、本来のものと意味や言い回しが異なる箇所があります。   
   正確な表現などについては、元記事をご一読願います。  

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